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北の村 11

 深々と切り裂かれた下腹部を掌で抑えながら、オークはゆっくりと地に膝をついた。

苦しげに呻いているオークの胸に止めの刃を深々と突き刺すと、痙攣する死体を足蹴にアリアは剣を引き抜いた。


 革鎧を着込んだオークが二匹、怒りの咆哮を迸らせながら、短剣を引き抜いて走り寄ってくる。

だが黒髪の娘には、さらに背後から冷たい眼差しを向けてくる黒いオークの方が気になった。

なめし革の鎧は他のオークとは違って遠目にも光沢を放つほどに磨かれており、よく手入れされているのが分かる。腕の筋肉はよく鍛え上げられており、手首は青銅の腕輪の下に何重にも包帯を巻いて、容易には血管や筋を狙えない。身動き一つせずに女剣士をじっと眺めている姿からは、敵手の力量を冷静に測ろうとしている様子が窺えた。

 アリアはくつくつと嬉しそうに笑いながら長剣を構え直して、鋭い叫び声を上げながら報復の念に燃えるオークに襲い掛かった。怒り狂ったオークが短剣を振るうのを素早い動きであっさりと躱すと、伸びきった腕へと剣を薙ぐ。

 銀色の光が跳ねた。

速く鋭い横薙ぎの一閃を受け損ねて、オークは利き腕を骨が覗くほどに深々と斬られた。

相棒の上げた激しい苦痛の悲鳴に僅かに動揺を見せながらも、もう一匹は唸り声を上げつつ突きかかってくる。

アリアは巧みに間合いを読んでぎりぎりで躱すと、お返しとばかりに緑肌のオークに渾身の力で切り込んだ。オークは素早く仰け反ったので、袈裟掛けは革鎧を幾らか削っただけで空振りに終わった。

 苦痛に呻きながらも、なおも戦意に瞳をギラギラと燃え立たせて、腕を切られたオークが立ち上がった。短剣を左手に持ち替えて、押されている仲間を助けようと必死の形相で再び襲い掛かってくる。

「はっ!」

アリアはジグザグに素早く後退しながら、牽制の横薙ぎを放った。

剣で横っ面をこっ酷く叩かれたオークが受けた打撃に思わず後退った。

長剣を己が身体の一部のように自由自在に操りながら、女剣士は二匹のオークを翻弄し続ける。


 戦っている一人と二匹の背後にいる黒い肌のオークは、柵に近い位置に佇んだまま、じっと戦闘の経緯を眺めていた。

参戦すれば、すぐにも苦戦している仲間の助けになるだろうにも拘らず、よく手入れされた腰の小剣に手を掛けたまま石のように動こうとしない。

精悍な顔に古強者特有の厳しい表情を浮かべて、雀蜂のように素早く、機械のように正確な動きの女剣士が、二匹の仲間をじりじりと追い詰めていく様子をじっと眺めていた。


 烈しく剣戟を交えている二匹のオークと女剣士を横手に、半エルフの娘は赤毛の村娘の手を引っ張りながら傾斜した地面を昇りきって、村の境界線に延びている柵の手前まで来た。

僅かに乱れた呼吸が平静に戻ると、感心したように木製の柵を見上げる。

村と曠野とを隔てる長大な柵は削り出した丸太を杭に使っている。

生垣をそのまま大きくしたものに見えたが、杭と杭の間隔は狭かった。

鼠くらいならば兎も角、人族や亜人は子供でも通れないだろう。

近くで見るとかなり高さがある。人の背丈よりもさらに頭の二つ分は高そうだ。

 村人たちは、一体何十年の歳月を掛けて此れだけの防備を備えたのか。

柵の向こう側には半ば枯れた草が広がる原っぱがあり、彼方には丘陵が連なっていた。

周囲を見回したエリスは、昇り易そうに茶色い土が盛り上がった場所を見つけると村娘の手を引っ張った。

「はやく昇って!」

「わ、私は行けないよ!」

 この期に及んで赤毛の村娘は何やら躊躇を見せていた。

曠野や街道を行くのに、半裸に近い格好だからか。

マントや上着だって貸す心算だし、それで半日耐えて村まで逃げ込めれば服だって入手できるだろう。

グズグズして昇ろうとしない赤毛のジナに、エリスが苛立ちを隠せなくなってきた。

「何を云って……」

「妹を探さないといけないの!」

切羽詰った叫びに翠髪のエルフ娘は思わず口を閉じ、戸惑った眼差しで赤毛の村娘を見つめた。

「逸れちゃったの……妹がまだ村の中にいるの」

二人の間に長々とした重苦しい沈黙が舞い降りた。


 色褪せた草が点々と茂るなだらかに傾斜した地面の中腹で、片方のオークが長剣に顔面を割られた。

血も凍るような断末魔の叫び声と共に、地に伏して絶命する。

「助けろ!ガッゾ・ロー!たすけでぐれ!」

追い詰められたもう一匹が背後に必死に助けを求める声を上げるが、黒オークは動かなかった。

寧ろ追い詰められた仲間から、じりじりと距離を取って下がっていく。

「悪いな。それほどの手練は相手できん。三人掛かりでも遅かれ早かれやられてしまうだろうよ」

言葉の割には余裕のある冷静な態度のままに呟くと、黒オークはすっと踵を返した。


「たった一人の妹なの。置いてはいけない。もう、あの娘だけが私の身内なのよ」

胸の前で手を組み合わせている赤毛の村娘は、苦しげな表情で目を瞑った。

暫らく絶句していたエリスは、一瞬だけ後ろめたそうに目を伏せてから、ぽつりと口を開いた。

「妹さんは焦げ茶色の髪を持った女の子?」

「あ、会ったの?」

縋りつくように視線を向けてきた村娘に、翠髪のエルフ娘はややぎこちない態度で肯定した。

「仲良いんだ。姉妹で同じ事を言うのね。

 林に来る途中であったよ。村外れの納屋に潜んでいた」

「ぶ……無事だった?」

恐る恐るそう訊ねてきた妹想いの赤毛の娘に、一瞬だけ躊躇してからエリスは答えた。

「……私たちと別れた時には……姉さんを探すといってた」

躊躇はほんの一瞬だったから、赤毛の娘は気づかなかった。

「ああ、良かった。女神さま、感謝します。本当に良かった」

嬉しさに噎び泣きながら、村娘は地面へと屈み込んだ。

「……あの娘ったら、叱られた時とか、何時もあそこに隠れるの」

ジナは優しい微笑を浮かべて、エリスを見上げる。



 二匹目のオークが恐怖と苦痛に凄まじい絶叫を上げた。

鋼の長剣の強烈な一撃に腕を完全に切り落とされ、もう勝てないと観念するや、背中を向けて逃げ出した。女剣士が追いかけるが、オークもまた死に物狂いだった。

「死にたくない!死にたくねえ!」

 斬り付けるが、叫びながらも全力で逃げ回ってるオークにはどうしても浅い。

追い掛け回しているうちに、エリス達と大分離れた場所までアリアは遠ざかっていく。

黒い肌のオークが何時の間にか居なくなっている事には、気づかなかった。


「……ねえ、聞いて」

 顔は、上手く平静を保っているだろうか。言葉は、それらしく聞こえているだろうか。

自分の演技力を危惧しながら、エリスは口を開いた。

「妹さんを助ける為にも、出来るだけ早く助けを呼んでこないといけないと思う」

「……それなら他の人たちか、貴女達が助けを呼んでくれれば」

戸惑う赤毛の娘に、翠髪のエルフ娘は言葉を選びながら説得を続けた。

「私たちは余所者だよ。いきなり豪族の所へ行って信用されるかは分からない。

やはり村の人が行くべきだけど、他の人たちは乗り気じゃない」

「あの二人も付いてくるけど……」

黒髪の女剣士がオークを相手に優勢に戦いを進めているのを見て林から出てきたものの、なおも躊躇ったように立ち尽くしている若夫婦を見て、エルフ娘は首を振った。



 夥しく出血しながらも、必死に走り回っていた三匹目のオークが石に足を取られて転倒した。

アリアが剣を振り上げると、恐怖に顔を歪めながら這い回って逃げようとする。

背中から斬りつけて、苦痛に転がりまわる所を漸くに仕留めると、黒髪の女剣士は額の汗を拭った。

もう行ったかと思って視線を転じると、エリスと村娘まで柵の手前で愚図愚図していた。

「何をしている」


 女剣士がオークたちを倒すと、林の中で見守っていた村人達からは明るい笑い声が上がった。

数人が安堵の溜息を洩らしながら、ぞろぞろと林から出てくる。

蛙に似た中年女が手近なオークの死体に駆け寄ると、つけている装飾品を奪い取った。

「これはもともと村のものだからね、返してもらうよ」

身なりの良い男がその後を昇ってきて、オークの着込んだ服を剥いでいく。

「此れは丁度いい大きさだね」


 若い夫婦は、なおも気持ちの踏ん切りがつかないのか、途方に暮れたように道の途中の小屋の前で立ち止まっていた。それ以上は柵に近づいてくる訳でもなく、小屋の前で大柄な青年と話し込んでいる。

「案外と大した事が無いな。こいつら」

大柄な若者が死んだオークの頭を蹴飛ばした。その後、短剣を拾い上げる。

刃に錆びの浮き出た、簡素な短剣だったが、それを二、三度振ると鋭い風きり音が発した。

「へっ」

得意げな顔で笑い、腰のベルトへ挟んだ。

夫婦の若者の方が、大柄な青年に話しかけた。

「兄さん」

「安心しろよ。剣を手にすれば、もうこんなオークなんかにやられはしない。大丈夫だ」

笑いながら大きな手を若夫婦の肩へと置いた。若夫婦は涙ぐんでいる。

「お前も、ミナも、気をつけてな」

「……兄さんも」


 身なりの良い青年が坂を昇ってきた。

「これを……そんな格好じゃ辛いだろう?それに目の毒だからね」

穏やかに云いながら、友人のジナにオークから剥いだ服を差し出した。

元は村で産された布地で作った村人の着ていた服だ。

地味で質素だが、布地は二重に裏打ちされており暖かくて動き易そうだった。

「ありがとう、ジャン」

 エリスに説得された赤毛の村娘は、素直に頷いて服を着込み始めた。

服からは離れてるエルフ娘のところまで少し異臭が漂ってきたが、赤毛の娘自体が身体から饐えた臭いを発しているから気にならないのだろうか。礼を言われて、照れくさそうに青年は笑った。

「無事を祈ってるよ。早く戻って来てくれよ」

「必ず助けを呼んで戻ってくるね。それまで……そっちも無事で」



 柵へと足早に向かう黒髪の女剣士に、屈強な青年が駆け寄った。

「一人でオークを三匹倒すとは。いや、大した腕だ!」

「……お前達は一体、何をしてる」

アリアは歩きながらも、こんな場所でのんびりと別れを告げている村人たちの危機感のなさに苛立っていた。気づいてみれば、黒オークがいない。応援を呼びに行ったのだろう。

「……一匹逃がした」

「逃がしたのは一匹だろう?何が出来るんだ?」

傍らで肩を竦める青年の血の巡りの悪さに思わず舌打ちしながら、黒髪の娘は足を速める。

空模様は高く晴れているのに、急に風が肌寒くなったように感じて、ぶるりと躰を震わせた。

何処となしに空気が重く粘りつくようで、アリアは嫌な感覚に軽く眉を顰めた。



 兄弟は小屋の前で別れを告げていた。

「……じゃあ、そろそろ此処で。オークに見つからないように」

「ふん。来るなら来ればいいさ」

 弟の言葉に、大柄な青年が自信有りげに腕を折り曲げて力瘤を作った瞬間、すぐ近くから角笛の音が鳴り響いた。同時に、大人数が吠え立てるような鬨の声が林の傍で上がる。

振り向くと、多数のオークが武器を振り回しながら林の向こう側の田舎道から姿を現した。

少なくない数だった。十数匹はいる。

 林を挟んで反対側の街道からも、角笛を聞きつけたのか。

此方は三匹のオークが、女剣士と村人たちを分断するような位置へと真っ直ぐと走ってくる。

三人は目を大きく見開くと、恐怖に喘ぎながら歪な石像の如く固まった。


 アリアと青年の所からは、さらに遠方から幾つかの黒い影が……恐らくは、より恐るべき黒エルフであろう。田舎道を駆けてくる姿が見えた。

オークの素早い展開に女剣士は舌打ちし、村人は呆然としていた。

すぐ近くに大人数が控えていたらしい。

 網を張っていたのか。

逃亡者の居そうな場所を数箇所に絞って、目星を付けた各々に哨戒の網を広く薄く配置し、残りの人数は移動しやすい個所に纏めて待機させていたのだとアリアは推測する。

「……中々、どうして。楽はさせてくれないか」

総計すれば二十匹近いオークが駆け寄ってくるのを目の当たりにして、屈強そうな青年も浅黒い顔から完全に血の気が引いていた。

「なんて……数だ」

慄いている青年の背中を叩いて隠れてろと告げたら、慌てて手近な岩陰へと飛んでいった。

「行け!エリス!行くのだ!」

走り始めたアリアの叫びは切羽詰っていた。


「あああ。大変だよ!すぐに、にげなきゃ」

 なだらかな坂の中腹でオークの死体を漁っていた中年女が、恐怖の叫び声を上げた。

かなり昇ってきていた為、林に逃げ込むのは如何考えても間に合わない。

林の中で見守っていた村人達は、既に奥へと逃げ込んでいた。

逃げている村人たちが目撃されてなければいいと思いながら、エルフ娘は柵を見上げた。

脅えた若い夫婦と大柄な青年は、近くの小屋へと逃げ込んだようだ。


友人のジャン青年が慌てて林に戻ろうとしたので赤毛のジナは引き止めていた。

「馬鹿。オークを案内する気。それにもう間に合わない!」

「ああ、どうしよう」

柔らかな茶色の毛髪を両手でかき回しながら、ジャン青年は泣きそうな顔と声で嘆いた。

「二人とも柵を昇って。此処から逃げるしかない」

エリスはつとめて冷静な声を保ちながら柵を指差した。

「でも、私……」

「いいから!」

 絶望に蹲ったジャンの尻を蹴飛ばして叫んだエルフ娘の迫力に、赤毛のジナは飛び上がった。

意外に運動神経が良いのか。一番手のジャン青年はあっさりと柵を昇ると、外へ飛び降りた。

柵の外の堀はかなり深いようだが、慎重に降りれば怪我をする高さではない。

次いで赤毛のジナの尻を持ち上げて手伝い、彼女が柵の外に降りた時には、中年の女もこっちへと駆けてきた。


 最後に自分の短槍と重たい財布を取り出して布にくるむと、力を込めて柵の反対側に投げつける。

蛙似の年増女の目が半エルフの腰につけている大きな巾着を見て、ずるそうに光った。

荷物を反対側に放り投げてから、翠髪のエルフ娘も跳躍した。

「……よっと」

柵の頂点に掴まり、よじ登ろうとした所で、中年女が横からいきなりエリスを思い切り突き飛ばした。

「きゃう!」

不意を突かれたエリスは小さく悲鳴を上げ、転倒するとそのまま丘陵を転がっていく。

「マーサ!なにを!」

赤毛のジナが叫んだ。ジャンも驚愕に固まっている。

「その荷物を頂くんだよぉ!此れから先の人生、無一文じゃ生きていけないからね!」

「助けてくれたのに!」


 文句を鼻で笑いながら中年女は柵に飛びついて登ろうとするが、太った身体は中々に登れない。

漸くあと少しで乗り越えられそうな所で、怒り狂ったエリスが猛烈な勢いで丘を駆け上がってきた。

怒れるエルフ娘が年増女に背中から飛びついた。足を掴んで引っ張り降ろすと、髪の毛を引っ張り、殴りかかる。

「うわ!邪魔するんじゃないよ!」

「……よくも!」

「はなしな!そんなことしてる場合じゃ!」

横目にオークの大群が迫ってくるのを見て、中年女は太い足でエリスを蹴飛ばしながら必死で柵にしがみつくが、二人分の体重を支える事は出来ずに落下してしまう。

「オ、オークが迫って……」

「五月蝿い!」

エルフ娘は拳を振るって中年女の鼻面に叩き込んだ。

「ひい!悪かったよ!放しておくれ!」

「調子のいいこと言うな!」

エリスの力はさして強くないが、中年女が退けられるほどに弱くもない。


 オークの集団が揉み合っている二人がいる柵へと駆け寄ってきた。

先頭は派手な原色の装束を着込んだ太ったオーク。

一部のエルフ族だけに特有の翠髪を確認すると眼を見張り、ついで太い舌で舌舐めづりしていた。

迫る足音にエリスは柵を登るのを諦めた。

「槍を!こっちへ早く!」

エリスの切羽詰まった叫び声に、慌てながらも赤毛のジナは柵の間から槍を通した。

短槍を受け取ると、エリスは中年女から離れてオークの来る方向とは反対側を目指して逃げ出した。

「猿共を逃がすなよ!」

「かだほうはエルブだ!」

オークが口々に叫びを上げる。

「エルブだ!兎耳野郎がいるぞ!」


「づがまえろ!わしの四番目の妻にするのだ!だが捕まえたやつは一度だけ味合わせてやる!」

 先頭にいた族長が吼えると、逃げようとした中年女を目掛けて凄まじい力で槍を投げつけた。

蛙似の中年女は背中に槍を受け、呻きながら大地へと転倒した。

激痛に七転八倒しながら必死に這いずって離れようとするも、走ってきたオークたちに四方に囲まれた。

「ひいっ!まって、待っておくれよ!あたしゃ……」

オーク達が棍棒を、小剣を、槍を、手斧を、いっせいに振り下ろす。

凄まじい絶叫が林まで届いた。



 翠髪のエルフ娘は女剣士と合流しようと試みたが、行く手に数匹のオークが立ちはだかっているのを見て取ると、素早く方針を変更した。

舌打ちしながら方向転換し、今度は田舎道の方へと若駒のように軽快な走りで駆け降りていく。

「エルブをどらえろ!あっぢはかだづけろ!」

族長の号令と共に何匹かのオークが女剣士を葬るべくわっと走り出した。

残ったオークの殆どは、逃げ回るエリスを兎を追う猟犬の如く一斉に追いかけ始める。



 オークたちは、連携もなくばらばらにアリアに近寄ってきていた。

相手がたった一人と見て舐めてかかっているに違いない。にやにやと余裕の嘲笑を浮かべている者さえいる。此れだけの人数であれば、剣士一人片付けることなど児戯も同然なのだろう。


 先頭のオークが、からかうように小槍を突き出してきた。

先陣を切っただけあって、かなり素早い足取りをしている。

軽快に動きながら、棒に穂先を付けただけの粗末な短槍を繰り出してくる。

「ほう!ほう!」

 女剣士は穂先を躱しながらなんとか間合いを詰めようとするが、オークも敵の狙いは分かっているようで、甲高い声で笑いながら後ろに下がり、再び素早い突きを放った。

黒髪の剣士の右の上腕が浅く抉られる。オークが笑う。が、直ぐに笑顔が凍りついた。

苦痛を無視したアリアは槍を引くより早く踏み込むや、狙い済ました一撃で槍を両断。

敢えて致命にならない場所に槍を受けたのだと悟って、一瞬だけオークは自失した。

我に返ってただの棒になった槍を投げ捨てるよりも早く、アリアがさらに間合いを詰めた。

オークの顔が恐怖に歪んだ。懐に飛び込まれて強かな袈裟掛けに斬られ、悲鳴を上げて横転する。



倒れたオークを強かに切りつけて、女剣士は小さく息を吐いた。

「ふっ」

仲間を殺されたにも関らず、相変わらずオークたちは余裕を見せて笑っていた。

 二匹目が掛かってきた。こいつは弱かった。

少なくとも先刻のオークや納屋で戦った二匹に比べれば、てんで大した使い手ではなかった。

突き出された小剣を躱すと、右からの袈裟掛け。苦痛に歪むのをさらに逆袈裟で仕留める。

金切り声を上げている二匹目の仲間が殺されると、さすがに残ったオークたちの表情から笑いが消えた。

顔を見合わせると頷きあい、三匹揃ってアリアにじりじりと歩み寄ってくる。

黒髪の娘が僅かに乱れた呼吸を整えながら長剣を正眼に構えると、三匹のオークは同時に掛かってきた。


 アリアが絶えず動き回っているのに対して、オークは元気一杯だった。

連携とまではいかないまでも、各々が結構いい動きをしている。

打ち払い、凌ぎ、躱し、堅く防御しながら後退すると、さらに調子に乗って嵩に掛かって攻め寄せる。

女剣士の額から、じっとりと汗が吹き出てきた。

激しく動き続けているからだろう、脇腹の傷が強く痛み始めていた。


 雑木林の前にも複数のオークが待ち構えていた。

エルフの娘は林に逃げ込むのを諦めると、兎に角にも走り回った。

オークたちの大半は動きもバラバラで統率も取れていないが、それでもその数は脅威だった。

幸いなのは包囲しようとはせずに、連携も無くばらばらに捕まえようとしているところか。

 時折、追いついてきたオークを槍を振り回して牽制しつつ、逃げ道を探そうと四方に目を配るが、映るのは欲望を剥き出しにして迫ってくる醜悪な亜人ばかりだった。

遠目には、黒髪の娘がオークに追い詰められている姿が映って心がすっと冷える。

冷たい風が頬を切った。村人なんか放って置いて、さっさと二人で逃げればよかったか。

一瞬、嫌な考えが浮かぶが振り払って走る事に専念する。

今は逃げる事だけに集中しよう。こういう時に雑念に心を捕らわれると、ろくな事がない。


「来る……なッ!」

 エリスは必死で木や合間を走りぬけたり、岩の上から跳んだりして逃げ回るが、徐々に包囲の輪が縮んでいく。

手を広げたり、喚いたりと、オークたちは、必死な様相のエルフ娘を追い詰めるのを楽しんでいる様子だった。

「おらの嫁になれよ。かわいいエルフっ娘よう」

「いいや、俺の嫁になれ。可愛がってやるで」

「みんなの嫁でいいじゃねえか」

一斉にげたげたと笑う。


「おい、俺達も早くこいつを片付けて、向こうにいこうや!」

「おう!」

 止めを意識してか、それまで絶え間なく攻めかかってきていたオークたちの攻撃が大雑把な大振りになった。

瞬間、溜めていた力を爆発させたように、急激にアリアの剣が速度を増した。

静から動へ。一瞬で変化した太刀筋と速度に目が付いていけず、中央のオークの手首が切り裂かれた。

斬撃は更に加速。

左のオークの喉を深々と切り裂くと、返す一撃で右のオークの胸に刃を深々と突き立てた。

二匹がほぼ同時に地面に崩れ落ちる。


 黒髪の娘は息をつきながら、汗で額に張り付いた前髪をかき上げた。

残ったオークは武器を取り落とし、出血する手首を抑えている。

急変した状況を掴めず呆然としていたから、女剣士の攻撃を殆ど防ぐことも出来なかった。

棒立ちの所を肩を深々と切られて苦痛に呻き、ついで腹を薙がれて即死した。


 激しい動きに傷が裂けたのか。アリアの衣服の脇腹の箇所は、薄く朱に染まっていた。

オークの一団に目をやって、エリスとの追いかけっこを冷めた目付きで眺める。

差し向けた部下が全滅したことに気づいたのだろう、派手な原色の装束を纏ったオークの酋長が女剣士を指さして何事かを喚き立てていた。

なだらかに傾斜する草地の彼方から、新手のオークたちが気勢を上げつつアリア目掛けて殺到してくるのが見えた。

「……つまらん事になった」

 乱れた呼吸を漸くに収めてから、愚痴るような口調で気だるげに呟くと、女剣士はたった一人、攻め寄せてくるオークたちを迎え撃つべく歩きだした。



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