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北の村 09

 広場より響いてくる荒々しく甲高い怒号に、二人の娘は一瞬だけ躰を硬く強張らせたものの、すぐに自分達が見つかった訳ではないと理解した。素早い動きで身を伏せた姿勢のままに、焼け焦げた家屋の物陰からそっと広場の様子を窺うと、オーク共が喚きながら武器を手に駆け回っていた。

地面には茶肌のオークが血を流してうつ伏しており、数匹のオークが口々に怒りの叫びを上げながら、短剣を手にして走り回っている裸の娘を追い掛け回している。

 赤毛の村娘は中々に足が速く、機敏な動きでオークの伸ばした手を悉く掻い潜ると、広場に面した木々の狭間へと飛び込んでいった。

仲間の仇を取らんと、娘を追いかけるオーク共も次々と薄暗い林へと駆け込んでいく。

「勇敢な娘ではあるが……無謀な」

アリアが首を振っていると、傍らのエリスはやや不安そうな表情を見せた。

「ねえ、はやく離れたほうが良さそうだよ」

 戸惑いながらも囁きあう村人たちの声と、不機嫌に苛立っているオーク達の嘲笑や怒りの呟きが混じり合って、広場は不穏なざわつきに覆われていた。

黒エルフ達だけは我関せずと、空き地の隅に一箇所で固まって何やら耳打ちしあっていた。

「確かに……離れたほうが賢明だな」

緊張した面持ちで女剣士がすぐ同意すると、二人は身を屈めつつ、小走りで坂の頂から離脱した。


 二人の娘は広場から距離を取ると、一路村の東側を目指して足早に進んだ。

空の色は奇妙に明るいが、冷たい風が吹き始めていた。

太陽はだいぶ西に傾いてきていた。もうじき夕刻になる。

二人の影が地面に長く伸び始めていた。


 先程までとは違い、村は物々しい響きに包まれている。

彼方此方から誰かが走り回っているような物音や話し声、気配が絶え間なく感じられる。

「またオークだ。近づいてくるよ」

「走っているな」

 エルフ娘が警告を発した。娘たちが手近な繁みに身を潜めていると、数匹のオークが泥濘の残る田舎道を走ってきた。

「おめえはそっちを探せ!」

図体の大きな一匹のオークが、引き連れた部下に怒鳴り声で指図していた。

「おい、デ・グム!おめえたち此処に立ってろ!怪しい奴を見かけたら通すんじゃねえぞ!」

「ここら辺にいるはずだ!探せ!」

面倒くさそうな様子のオークたちが槍で繁みを突いたり、道の周囲に散らばっていく。


 怠惰なオーク達の気配が目の前から遠ざかってから、女剣士が小声でくつくつと笑い始めた。

「怪しい奴って誰かね?」

こんな時に楽しげに笑っている友人を睨みつけたエリスが、アリアの耳元に口を近づけた。

「先刻、逃げだした娘か。それとも、私たちを探している?」

「……殺したのがばれたかな?」

笑いの発作がおさまると、アリアは強引に突破するべきかどうかを考える。

少し離れた場所をうろついている連中は些か数が多いが、動きが鈍く小柄な奴も混じっている。

彼女にとっては手に負えない相手でもない。

「にしても、仲間一人殺された程度でこんなに執念深くなるものなの?」

ほんの二十歩ほど先の田舎道をオークが通り過ぎるのを見て、エリスが疑問を口に出す。

「確かに、些か執拗に過ぎるな」

地面に伏せたまま、アリアが些か腑に落ちないと云った口調でつぶやいた。

起き上がりながら

「……地位が高いオークでも殺されたのかも知れん。厄介な話だ」

「厄介?」

「頭目が殺されたオークは、下手人を少々しつこく追い回すのだよ」

「ふぅん」

翠髪のエルフの娘は周囲の気配を探りつつ頷いた。

それから茂みの奥を見つめて女剣士の袖を引っ張った。

「……こっちは誰もいない。音もしない。大丈夫」


 オークを避けるようにして蛇行しながら進んでいるうち、二人の娘は何時しか村の中央部まで辿りついていた。エリスとアリアは茨や灌木の多い小高い丘陵の頂に昇ると、木々の繁みに身を潜めながら村を一望する。

「……さて、どうしたものかな」

西方山脈の稜線へ徐々に落ちていく太陽を見つめながら、大胆不敵な女剣士も僅かだが途方に暮れていた。

図らずも自分から虎口に飛び込んだ形となってしまい、エリスには済まないとも思う。

些か考えが足りなかったかとも自省するも、オークがこれほどの数で攻め落とした村に屯する事など滅多にないのも事実である。

丘陵の頂から見れば、見張りは辻や三叉路と云った箇所に配置されているのが分かる。

「中々、どうして……馬鹿ではないか」

呟いて、逃げだせそうな経路を視線で探してみる。

「あちらの右手を行けば、四匹……いや、五匹かな。

 一匹ずつなら或いは……だが、手強いのが組んで掛かってきたら……駄目か」

遠目には、村の畑や田舎道をオークたちが蟻の如くうろつき回っている光景が見渡せた。

うんざりし、また考えるのに飽きたので、遠目に見えるオークの姿を指の先で挟んでみる。

 巨人にでもなった心算で眼の錯覚でオークを指先で潰して遊んでいると、エルフ娘が軽快な足取りで音も無く歩み寄ってきた。

「なにしてるの?」

無邪気そうなエリスの問いかけに、まさか遊んでいたとは云えず、慌てて指の先を白い洋袴に擦り付けて誤魔化した。

「なんでもない」

エリスは不思議そうな顔で赤面するアリアを眺めていたが、すぐに弾んだ声で告げる。

「ね。目前の林、村を横切るように続いているよ。中を通って柵の近くまでいけるかも」

女剣士はオークの数と配置、動きを観察していて脱出路を考えていたが、エルフの娘は主に村の景色や地形を見ていた。

森をじっと見てから、殆ど途切れなく村の端まで続いているのを確かめて、アリアも顔を綻ばせた。

「いけそうだな」


 オークは手に入れたばかりの村の地形を、まだ把握しきっていないようだった。

邪悪な亜人が村を彼方此方と駆け回っているのを横目に、二人の娘は悠々と目先の林を伝いながら村の東端へ少しずつ迫っていった。

半刻(一時間)ほど掛けて身を屈め、周囲の様子を窺いながら慎重に歩き進んでいく。

エルフ娘は、オークが近くを通り過ぎるだけで掌に汗が吹き出し、心臓が胸のうちで跳ね上がるのを感じたが、落ち着いている様子の女剣士と一緒にいることで随分と安心できた。


 暗い林を平然と進むエリスの後ろを付いてくるアリアが口を開いた。

「君と一緒で助かったぞ」

どうやら、向こうの方も似たような感想をエリスに対して抱いていたようだ。

「そう?なら、後でワインでも奢ってくれても構わないよ」

木の幹に躰を隠し、或いは繁みに身を潜めて進みながら、囁くような小声で会話を交し合う。

「よし、褒めてつかわす」

「うわ、それは褒めてる心算なの?」

途切れ途切れの会話だが、軽口は、不安を押し殺す効果も在るようだ。

「知己の口癖を真似てみたのだ」

「随分と偉そうに褒めるね」

「全くだ。一応、お姫様なんだが貧しい家でな。小麦の焼き菓子を土産にするだけで酷く喜んで、今の言葉を……お、付いたぞ」

小声で如何でもいい事を話しながら、二人の娘は柵の目の前まで辿り着いた。

「……さて。見たところ破れた柵は見当たらないな」

 ぐるりと村を囲い込むように。削り出した木材をそのままに組み立てて頑丈に造られた木製の柵。

小動物は兎も角、人や亜人の通れる隙間など空いていなかった。

造るのには十年単位の時間が掛かっただろう村を取り囲むように造られている柵は、人の背丈よりもやや高めに、そして頑強に造られているのが見て取れた。

塀の反対側には空堀が掘られ、彼方に小高い丘陵が連なっているのが見て取れた。

「綺麗なものだな」

自然の景色ではなく柵の状態だ。

村が攻め落とされたとは思えないほどに、傷一つ無く聳え立っている。


 女剣士は年輪を重ねた太い古木にもたれかかっていた。

肌は上気し、額には汗が軽く吹き出している。起伏のある林を歩き通した為、かなり疲労したようだ。

林の中は闇が濃くなっていた為にかなり神経も使った様子で、疲れているのを隠そうともせずに目を閉じて身を休めている。

 逆に森生まれのエルフ娘は木立を歩き慣れていた為、まるで疲れた様子を見せてなかった。

傾斜した坂道を仰ぐと傷一つ見当たらない柵を見渡して、暗鬱そうに呟いた。

「オークが攻め込んだのは西南だったのかな」

ようやく目を見開いたアリアも音高く舌打ちした。

「乗り越えるのには少し手間取りそうだな」

林は柵の大分手前で途切れており、丘陵地帯に面した畑と田舎道が通っている。

「……厄介な」

云ったのは、柵と林の隙間に畑と家屋、そして緩やかな傾斜が広がり、其処に数匹のオークがうろうろと彷徨っている姿が見かけられただろう。

「三匹か。手早く片付けられるかな。手間取って応援が来ると面倒だが」

翠髪のエルフ娘は、呟いている黒髪の娘をじっと見つめた。

「でも、此処を渡ってしまえば、直ぐに村の外だよ」

「行くか?それとも夜まで待つか?」

「もう少し様子を窺おうよ」


 囁きながら再び木立の向こう側を覗き見た時、微かに葉っぱを掻き分ける音がした。

葉ずれの音、地面をそっと踏む音、エリスは尖った耳を震わせて小さく叫んだ。

「……その木陰に誰かいる!」

女剣士が振り返ると同時に、木陰から息を飲む気配がした。

ついで何者かが飛び掛ってきた。

 だが、話しながらもアリアは殆ど気は抜いてなかった。

突き出された短剣を躰を捻じってあっさり躱すと、相手の手首を掴んで足を引っ掛ける。

人影が派手に転んだ。

そのまま鮮やかな動きで腕を捩じ上げると、体重を掛けて動きを封じる。

手にした短剣が地面へ落ちて

「……いたた、いたああ」

襲撃者は、灰色の布を腰に巻いた裸の娘だった。

毛髪は此の地方に多いくすんだ赤毛、身体中に乾燥した汚い体液をこびり付かせて生臭い異臭がした。

「……雌のオークじゃないね」

エルフ娘の淡々とした言葉に、地に組み敷かれた娘も顔を動かして二人を見上げる。

 娘の表情は恐怖に硬く強張り、頬には殴られたように腫れた痣と血の跡が飛び散っていた。

気の強そうな凛々しい顔立ちだが、女剣士に刃のように鋭い眼差しで射竦められると怯んだように首を竦めた。

「あ、貴女達もオークではないね」

それでも意外と心胆があるのか。叩いた減らず口は、しかし声の震えを完全には隠し切れなかった。

「この美人を捉まえて無礼な平民だ」

辺りの木々の狭間に複数の蠢く人影を見て取った女剣士は、腕を捩じ上げた姿勢のまま、素早く鋭い視線を走らせる。

周囲の木立の向こう側から、あからさまに動揺の気配が伝わってきた。

エリスが転がった短剣を拾い上げると、刃には血痕がべったりとついていた。

「どうやら、この娘を探していたみたいだよ」

「……の、ようだな」

二人がオークではないと分かって、周囲から恐る恐る姿を現してきた粗末な衣服の村人たちを見回すと、女剣士は表情も変えずに不機嫌そうに呟いた。



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