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北の村 06

 猛々しい雄叫び、剣戟の音、地面に長靴を擦る音、血飛沫の地面に滴る音、悪罵と呻き声。

口元の吐瀉物をがしがしと拭うと、エリスはよろめきながらも気力を振り絞って立ち上がった。

「……足手纏いになる訳にはいかないね」


 オーク達は中々の使い手であったけれども、過去にはウルク・ハイや大オークすら悉く倒してきていたアリアは数段、上手をいっていた。オークの振り下ろした短槍を弾き躱すと、跳ね上げた刃で剥き出しの腕を切り裂いた。

切り返しに敵の武器を持つ手首を切り裂くのが黒髪の女剣士の得手とする技で、体躯や膂力に勝る敵手をこの戦術で幾十人となく屠ってきたのだ。

いぼのある醜い顔を歪めて絶叫するオークを他所に、もう一匹が突き出した小剣を避けると、その革鎧を貫通してオークの腹に剣先を叩き込む。

 磨き上げられた技に俊敏さを兼ね備えた女剣士は、防具の不利を物ともせずに危なげない戦い振りでオーク共を追い詰めていくが、グ・ズーズには根性があった。

深く腹を貫かれた自分がもう助からないと悟るや、傷が深くなるのも構わずに両腕を広げるやアリアにはっしと抱きついたのだ。

「チョ・ヤル!やれぇ!」

 潰れたような低い鼻と乱杭歯の口から鮮血を吹き出しながら、必死の表情を浮かべて叫ぶ。

アリアは動きを拘束されながらも、自由な左手で素早く腰の短剣を引き抜いた。

冷静沈着な動きで喚いているオークの首筋を切り裂いて絶命させるも、躰を引き離すよりも早く、短槍を持ったオークが思い切り突っ込んできた。

 躱せない。黒髪の女剣士は背筋に冷たい死の息吹を感じるも、紙一重で通り過ぎていった。

横合いから翠髪のエルフ娘が猛烈な勢いで突っ込んできてオークの腕に棍棒を叩きつけた。

オークは僅かによろめき、軌道の逸れた短槍をアリアは躰を捻って躱すも、脇腹を灼熱の苦痛が走りぬけた。

 脇腹は三寸ほども切り裂かれ、赤味の肉が覗いた傷口に見る見る血が滲んでいく。漸く拘束を解き、腹を抉られた怒りに雄叫びを上げながら振るった長剣の反撃は、オークの腕を切断した。

灰色の醜い顔を恐怖と苦痛に歪めてオークが絶叫する。

返す一撃でオークの腹を深々と切り裂いて絶命させるも、人族の女剣士も直後に膝から地面に崩れ落ちた。


「終わったな」

荒い息で立ち上がったアリアが納屋の壁に寄りかかると告げた。

掌で傷口を押さえ付け、出血を防いでいた。額には玉の汗が浮かんでいる。

歩み寄ってくるエリスを見て、苦みばしった笑みを浮かべた。

「……腹をやられてしまった」


「……すまない。私がもっと早く」

人食いの光景に衝撃を受けたのは分かるが、言い訳にはならない。

「モアレに来るといったのは私だ。辛気臭い顔をするな」

しかし、黒髪の女剣士は手を振って、翠髪のエルフ娘の謝罪の言葉を遮った。


 エリスも気を取り直すと、壁に寄り掛かるアリアの傍らにしゃがみ込んだ。

「傷を見せてくれるか?」

人族の娘は掌をどけた。出血が止まらない。

傷は浅いが大きかった。だが、貫通している訳でもない。

「助かるか、死ぬか。このくらいの傷なら、多分助かるだろうよ。

 死んだとしても、まあ、その程度で在ったという事だろう」

達観しているのか。或いは虚無に捕らわれているのか。

他人事のように呟く態度に戸惑いを隠せないエリスを眺めながら、アリアは呟いた。

「人間、いずれは死ぬものだ」

「いさぎがよすぎる。アリア」

半エルフの娘の声は震えていた。

「……いや。半分、冗談の心算だったんだが」

「笑えないよ」

アリアは落胆する。彼女が口にする冗談は、何時も人の顔を強張らせるのだ。



 エリスは、指の汚れを水で洗い流してからアリアの傷口にそっと触れてみる。

「……ッ!」

女剣士が小さく息を吐いた。秀麗な顔を苦痛に歪めるも、呻き一つ洩らさない。

内臓はやられてない。脂肪と若干の筋肉だけだ。

「……臓物には届いてない。大丈夫。掠り傷だよ」

実際には半エルフ娘の言うほど軽くはない。

傷口はかなり深々と裂かれており、相当な苦痛の筈だが、アリアは平然としていた。

「そうか。助かるといいな」

 やはり他人事のように呟くと、壁から離れてしっかりとした歩調で歩き出した。

倒れているオークの喉元に剣を突き刺し、確実に止めを刺してから短槍を拾い上げた。

穂先が錆びているのを見て、アリアは眉を顰める。

「毒素が恐いな」

汚れや錆びは、往々にして破傷風の原因となる。

明確な知識とは成っておらずとも、アルコールが多少の殺菌になるとは経験則で知られていた。

「勿体無いが仕方ないな」

ボヤキながらワインの入った水袋を取り出して傷口を洗い出した。


「手当てをさせてくれる?」

半エルフの娘は自分の腰の革袋をごそごそと弄くって、何かを探し始めた。

「……手当て?包帯でも巻いてくれるか?」

「縫ってみる」

鉄製の針と糸を見つけ出し、焚き火に近づいていく。

オークの持つ鍋を拾い上げ、ためつすがめつ確かめる。

「……縫う?なにを縫うのだ?」

怪訝そうに問うアリアに、エリスは手真似しながら

「こう、針と糸で傷口を……」

「縫うだと!私の躰を縫う!ハンケチみたいに!?君は気でも違ったか!?」

 叫んだ途端、痛みが走ったらしい。アリアは躰を海老のように曲げた。

普段は硬性の強い光を宿した黄玉の双眸に、理解と恐怖の色が浮かんだ。

「森ではそうやって直したよ。私も猪の牙にやられた時に姉にそう縫って貰った」

ほら、と服を捲って太股の上方を見せ付けると、確かに古い傷跡があった。

「嫌だ。傷を縫うなど、エルフは狂ってるに違いない」

黒髪の娘は、断固とした姿勢で拒否する。

「助かるものなら助かるし、死ぬ時はどうやったって死ぬものだ。人はいずれ皆死ぬ」

云っている事は歴戦の勇士だが、腰が引けているのでまるで格好がつかない。

「……死を覚悟しているなら、平気でしょう」

「死んだ方がましだ。針で縫われるなど……」

エリスが歩み寄るも、呻き声に近い声で首を振りながらアリアはじりじりと後退した。

周囲に転がる村人の死体に足を阻まれると、今度は横に逃げ出す。

「槍で刺されても平気なのに、針が恐いの? 」

呆れたといった調子で半エルフ娘が肩を竦めた。

「……意外と臆病なのね」

「なんだと!」

「だって、そうじゃない。こんな指の先みたいな針なのに……

 エルフの子供だって平気なのに、立派な剣士が泣き言なんてね」

針を振りながら、翠髪のエルフ娘がにんまりと笑った。

「……きっ、貴様!」

頬を朱に染めて喚くような声だった。

「針で刺される事を嫌がって死んだ剣士。此処に眠るってお墓に書かれるよ?」

云ってからエリスは声の調子を切り替えた。懇願するように呟く。

「……助けるから、信じてよ」

アリアが根負けしたようについと視線を逸らした。

「……好きにしろ」



 湯を沸かし始めると、糸とオークから奪った布を切り裂いて鍋へと放り込む。

熱が毒素を殺してくれるのだとエリスは説明するがアリアは聞いてない。

青ざめた顔で迷信が如何とか、エルフのまじないとか、野蛮な風習の哀れな犠牲者にとか、ブツブツ呟いている。

「迷信でもまじないでもないって」

エリスは一回針を火で炙ってから、お湯につけて冷やした。

黒髪の女剣士は恐怖も露わな瞳で針を見つめていたが、目をギュッと閉じる。

「よし、やれ」

針が肉に刺さると、切なげに溜息を一度だけ洩らしたものの、もう逆らわなかった。

エルフ娘は傷口を洗い流してから、肉と脂肪の切れ目に糸を通し、少しずつ塞いでいく。

 アリアは歯にハンケチを噛みながら、石のように不動だった。

傷口を縫ってる間も一言も洩らさず、縫い終わってからエリスの取り出した膏薬を見る。

「……其れは?」

「タンポポとガマの穂に毒消しの効を持つ苔を混ぜた軟膏」

「……苔?」

怪しげに呟いたが抵抗しない。

「毒消しと血止めの効果が在ります」

云った半エルフの娘が軟膏を塗りつけてから、煮沸した麻布をよく絞って包帯として巻いていく。


「……少し休みたい。些か疲れた」

黒髪の娘が珍しく弱々しい口調で呟いた。無理もないと翠髪のエルフ娘も頷いた。

二日続けて連戦の上に歩きっぱなしである。疲労も溜まっているのだろう。

「納屋の中の方がいい。隠れられる」

「……そうだな」

元気なく応えて納屋へと入り、藁の上に転がる。


 目を閉じて躰を休めているアリアを見つめてから、エリスは踵を返した。

「……食べ物を探してくる」

納屋の外へ行こうとして、止められる。

「村には他にもオークが残っているかも知れぬ。見つかったら厄介だぞ」

「でも、食べ物も大してない。何か……」

「外のオーク共が何か持っているかも知れん」

「オークの食べ物?ぞっとしないね」

仮に肉類を持っていてもエリスは食べる気はしない。が、アリアは譲らなかった。

村人から奪った穀類なり麺麭を持っているかも知れないと云う。

 エリスは舌打ちすると、仕方なく納屋の裏庭へと出て行き、オークの懐を探るが彼らの間で流通する僅かな鉛の小銭の入った巾着に鉛の指輪など、碌なものを持ってない。

蕎麦の団子らしきものが見つかったが、独特の匂いを嗅いだエルフは嫌そうな顔でほうり捨てた。

「……うえ、腐ってる」


暫らくすると黒髪の女剣士も表に出てきた。少し休んだだけで顔色は随分と良くなっていた。

「休んでいなよ」

「久しぶりの痛みだ。このくらいなら生きている証さ。寧ろ心地いい」

歩き出したアリアを心配そうに見つめるも、秀麗な顔に脂汗と笑みを同時に浮かべている。

生来タフなのもあるのだろうが、強がっているのか、本気なのか。

如何も今ひとつ分からない処があるとエリスは肩を竦めた。


 オークの食いかけの小さな掌が足元に落ちている。

大きさから見て、それほど年端も行かぬ子供の手首であろう。

やはり注意力が散漫としているのか。踏みかけて眉を顰めた女剣士は、村人達の死体を見回した。

埋めるにも焼くにも人手がない。

放置しておけば、疫病を恐れて人も寄り付かなくなるが、住民の殆どが死に絶えてはどの道、廃村は決定的だろう。

いずれ風化するまで、時の流れに任せるしか無さそうだった。


「この娘の腕か」

手首から先を切られた栗毛の少女を見つけて歩み寄り、何気なく呟いてから首を傾げた。

死者にしては顔色が随分といい。

少しずつ食べる心算だったのだろうか。

左手の傷口を焼いて、縛ってあるが、其処からじわじわと血が滲んでいた。


「ふむ、もしや……」

水筒の綺麗な湧水は勿体無いので、オークの腰から水筒を取って濁った水を顔にかける。

地面に投げ捨てられた年端もいかない村の少女は、苦しげな呻き声を上げて咳き込んだ。

「うっ ぷぺっ」

確認してから周囲を調べている半エルフの娘の背中に声を掛けた。

「これはしたり!エリス……この娘、まだ生きてるぞ」



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