表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/104

北の村 05

 オーク共の無秩序な縦隊が、騒がしい音を立てながら丘陵地帯の狭間を通り抜けていく。


 エルフの娘は緩やかに傾斜した丘の草叢から、そっと麓を進む隊列を観察してみた。

街道から少しだけ離れている上に、青い草叢に覗く翠の頭髪はいい保護色となったのか。オーク達に気づく様子はまるでない。


 亜人共の無秩序なだらだらとした行進は、軍勢というよりは獣の群れの移動を連想させた。

細長い隊伍には、やせ細った驢馬や大足鳥などが牽引する幾つもの荷車が連なり、粗末な短槍や抜き身の短剣、手斧などを手にしたオークの兵士達が周囲を守っている。

オーク共の中には雌オークや小柄な年少のオークもおり、大抵が厚手の服や革服など着込んでいたが、中には金属製の輪っかや鋲を縫い付けた革鎧を着込んだ奴もいた。


 荷車には、戦利品であろう。麦や雑穀の麻袋に麦酒の入った素焼きの壷、腸詰や燻製肉、塩の壷、鶏を閉じ込めた木箱、まだ土のついた野菜の山、箪笥に椅子や机、タペストリーなど使い出のある家具に金属製の農具や鍋、フライパン。乱雑に折り畳まれた布など略奪された財貨が山積みとなっていた。

幾つかの荷車には、殺された豚や山羊、そして人間が藁のように積まれており、その傍らを革の鞭で打たれ、牛馬のようにすすり泣きながら連行されていく十数人の若い女や少女たち。

縄で後ろ手に縛られ、数珠繋ぎに歩かされる幾人かの少年や若い男たちもいた。


 オークたちは槍の穂先に髪の毛で結んだ人族の中年や老人、子供、老若男女の首を掲げていた。

「……酷い」

今朝までは素朴な村人であったのだろう彼らは、今は首だけとなって虚ろな眼差しで宙を睨み付けていた。

息を吸って呟いたエルフ娘が顔色を蒼白にしているのを横目で見ると

「あまり見ない方がいい。目をつぶれ」

此方は繁みの下部の隙間から覗いていた女剣士が、些か厳しい表情で忠告してきた。

「深呼吸しろ。音を立ててくれるなよ、エリス。見つかれば私たちもオークの雌奴隷だぞ?」

少し上擦った掠れ声に微笑みを浮かべると、女剣士は再び眼下の敵の偵察に戻った。


 目に映るオーク共はなにやら昂ぶっており、口々に喚き立て、吼え声を上げては、興奮した様子で早口になにやら喋っていた。騒音が大軍と錯覚させたのであろうか。当初、考えたより軍勢は少なく、しかしそれでも百は下らぬ数である。


 古の時代より、炉辺で語り継がれてきた英雄譚に敵役として欠かせず登場するオーク族ではあるが、

生憎とオークがやられ役なのは吟遊詩人の詩歌の中だけの話である。

実際のオーク族は、勇気と智恵は劣るものの狡猾さと残酷さでは人族を上回っているし、

膂力と体躯は人間に伍し、地道な努力を嫌うが頭だってそう悪くはない。

鉄や鋼の武具で武装した彼らは、けっして侮れない相手である。

オークと同数の兵士や冒険者が激突すれば、勝敗はどちらに転ぶか分からないし、勝った方もけして無事ではすまない。物語と違って数に勝るオークと戦って勝てる勇士は、そう多くいないのだ。



 穴鼠のように縮こまって草叢の影に隠れている二人の娘の直ぐ目と鼻の先、街道を南下していくオークの武装集団は、如何見ても百を大きく上回る数に見えた。

アリアが如何に手練の剣士と云えども、あれだけの数のオークを相手にしては一溜まりもない。

もし見つかってしまえば忽ちに取り囲まれ、幾人かは倒すことが出来ても、やがては取り押さえられ、運が悪ければそのまま貪り食われ、運が良くとも眼下の奴隷女の列に加わる運命が待っている。



 エルフの娘はじっと目を瞑って、オークの軍勢が通り過ぎるのを森の祖霊神に祈っていた。

森エルフ族はオーク族の宿敵で、オーク族は森エルフ族の宿敵である。

そしてエリスは、森エルフの血を色濃く引いていると分かる鮮やかな翠の髪をしていた。

生きた心地もしなかった。吹き出た冷や汗が背中をじっとりと濡らす。

息を潜めて隠れている半エルフの娘の僅か百歩ほど先の街道に無数のオークがだらだらと歩いていく。

荷車の軋む音、山羊や牛、大足鳥といった畜獣の嘶き、酒と勝利に酔ったオーク共のけたたましい雄叫びや喚き声に入り混じって、時折、若い女たちの咽び泣くような悲痛な叫びが風に乗って聞こえてくる。

「七十二……七十七……八十二……八十四、五……」

傍らの女戦士は、聞き取れないほどに小さな蚊の鳴くような声でオークを数え上げていた。



 地面に顔を埋め、目を閉じて、恐怖に脂汗を流しながら必死に耐える。

爽やかな香りのする葉っぱを腰の革袋より取り出すと、噛んで気分を誤魔化す。

エリスの心が恐怖でどうにかなりそうになった時に、アリアが手を握ってきた。

暖かく力強いその手に縋りつくように強く握り返す。時折、抑えきれない躰の震えが伝わったに違いない。どれくらいの時間が経っただろうか。気がついたら風の吹く音だけがしていた。

「……行ったぞ」

女剣士の声に顔を上げる。


「通り過ぎた……が、まだ街道には出るな。

 後続の隊や斥候、或いは隊伍から遅れている者がいるかもしれないからな」

エリスは地面に仰向けに寝転がると躰を伸ばし、胸を動かして大きく喘いだ。


 さらに四半刻近く隠れていたかも知れない。

「もう、いいだろう」

様子を窺っていたアリアが頷いた。

「……用心深いね」

「オーク共が斥候を立ててなくてよかった。

 訓練を受けた正規の軍勢ではあるまい。恐らく、何処かの部族だろうよ」



「……女の声も混じっていた」

「武装した雌オークもいたが、若い人族の女たちが数人、縄で縛られて連行されていた」

云ってからアリアの秀麗な容貌に暗い翳りがさした。

「……戦利品だろうな」

そう呟いてから、人族の娘はオーク達の去っていた南の方角を切れ長の瞳で鋭く睨んだ。

「奴ら、どこかで一戦してきたに違いない。

 手負いや返り血を浴びてるものがかなりいた。それも小競り合いではない」

人差し指を頤に当てながら、黒髪の女剣士は若干俯いて考え込んだ。

「驢馬や大足鳥なんぞに大量の布や食料、機織り機まで積んでいた。

 戦利品の量から、何処ぞの大きな村か荘園への襲撃を成功させたに違いない」

翠髪のエルフは苛立ちを隠せず、思わず棘々しい言い方をしてしまう。

「どこか?この先にある大きな村はモアレだよ」

「では、我らは無駄足を踏んだな」


 少し取り乱しているエリスを冷やかに一瞥してアリアはなにかを考え込んでいる。

「……行ってみるか」

「……危なくない?」

エリスの危惧に対してアリアは肩を竦める。

「どの道、モアレで一泊する心算だったし、戻れぬだろう?

 奴らは南下したのだ。北に抜けるしか在るまい」

半エルフの娘も考え込んだ。明後日の方角に視線を彷徨わせながら難しい顔で言った。

「他のオークと遭遇しないかな」

「何とも云えん。だが、連中の向かった南に戻るほうが危険だろう。

 それとも、地図や食料も無いのに丘陵を抜けて東の曠野に彷徨い出るかね?」

西への道はゴート河の流れが遮っている。

他に妙案がある訳でもなく、それでエリスも折れた。



 黒煙を目印として半刻ほど歩き、モアレ村に到着して初めに目に入ったのは、黒く焼け焦げて骨組みのみとなった家屋の残骸だった。何時、亜人や賊に襲われるか分からぬ辺境の自治村ゆえに備えは万全であったのだろう。村の柵も大きく頑丈に作られ、彼方此方に石垣や柵逆茂木などが設置されている。

村人の激しい抵抗も為されたようで木製の鍬や殻竿、棍棒などを手にした村人の男たち、稀に女の亡骸に加えて、やや少ない程度の数のオークの死骸が其処此処に転がっているのが目に入った。


「奇襲であっただろうに、村人は激しく抵抗したようだな」

見回したアリアの言葉にエリスも頷いた。

村中に激しい戦闘の痕跡が残っていた。オーク達が大きな代償を支払わされたのは間違いない。


 モアレは、かなり広い村だった。畑と畑、そして木々の生い茂る林の間を結ぶように小さな細い道が繋がれ、そして質素な農家であったのだろう焼け焦げた廃屋が点在していた。

見回すと北に家屋が集中して建っている柵に囲まれた一角があって、まだ黒煙が濛々と立ち上っていた。

「生き残りがいるかも知れんな。探してみるか?」

アリアが言うと少し迷ってからエリスも頷き、抜き身の剣と棍棒を片手に、二人は慎重に廃村の中を探索し始めた。



「誰もいない。なにもない」

家々を廻って四軒目。エリスはポツリと呟いた。

建物は焼かれ、柵は破壊され、完全な焼失や破壊を免れた農家に少し踏み込めば、家畜は勿論、家具という家具、農具という農具、壷や皿、鍋から釜までありとあらゆるものが持ち去られているのが分かる。

 人族の女剣士が天を仰いだ。流血に慣れているにも拘らず、この惨状に些かうんざりしているようだ。

半エルフの方は逆に余りの衝撃に感覚が麻痺したのだろうか。恐怖も何も感じていないように見えた。

「部族のオークはそれほど冶金や工芸に優れておらんし、金属製品は重宝するだろう」

「……でも、オークでも、この規模の村を襲うのは珍しいよ」

「口減らしと略奪をかねているんだろう。きっとな。今年は冷夏で作物の出来も不作だったからな」

畑にさえ何もない。焼かれるか、さもなくば剥き出しの土となるほど荒らされている。

オークたちは、まだ育ちきっていない畑の野菜や穀類まで収穫していったようだった。


 半エルフのエリスがすんと鼻を鳴らした。

大気の匂いを嗅ぎ、周囲を見回しながら形のいい尖った耳を動かした。

「こっち、物音がした。肉を焼くような匂いもする」


 アリアは陰気に黙り込んでいる。

「行こう」

「……待て」

歩き出した翠髪のエルフ娘を女剣士が押し止めた。

「……慎重にな。我らの手に負えない数のオークや、或いはオグルなどがいるかも知れない」

緊張した面持ちでエリスも頷いた。


 離れにある木造の納屋の近くまでそっと忍び足で歩み寄っていく。

「……この先」

「用心しろよ」

翠髪のエルフ娘は古い納屋の角からそっと覗いてみた。


 村人たちの死骸の傍に、緑の肌をしたオークが二匹。そして焚き火。

革の鎧をつけて片方は小剣を腰から吊るし、もう片方は錆びた短槍で武装していた。

オークたちは肩に金属製の鍋や布などを背負っており、焚き火の側に座って何かを焼いていた。

「……何か食べてるみたい」

エリスが小さい声で囁き、アリアも覗いてみた。


「グ・ズーズ!早くくれよ!我慢ならない!」

「大声出すな、チョ・ヤル!この馬鹿が!図々しいウスノロ共にたかられてえのか!

見つけたのは俺が先だからな。最初に喰うのは俺よ」


「あいつら、なにを食べるって?」

翠髪のエルフ娘が呟き、人族の娘は嫌な予感に背中を震わせた。

エリスに目を逸らすように忠告しようかと、数瞬迷って口を開きかけた時、

「焼けたぜ。美味そうよ。猿共は小娘の味が最高よ!」

焚き火から取り出したこんがり焼けた人間の掌を咀嚼し始める。


 エリスの胃が痙攣した。静寂の立ち込めている村の中に誤魔化しようのないいような音を立ててしまう。

「……なんだあ、この音?」

もう一匹のオークが納屋へと振り向いた。口元には焼けた人間の足を喰らっていた。


 口を抑えながら崩れ落ちると、翠髪のエルフ娘は吐瀉し始めてしまった。

酸っぱい匂いが地面へ広がった。

黒髪の女剣士は剣を構えながら、片手でエルフ娘の手を引き、無理矢理に立ち上がらせようとする。

「エリス!棍棒を取れ!来るぞ!」


「へっへっへっ、まだ隠れていた女がいたぜ。ねらいどおりだ」

「おうおう!グ・ズーズ様のあだまのいいごどよ」

口々に自画自賛しながら二匹のオークは武器を構えつつ納屋へと歩みよって来る。

「ででごい!毛なし猿のチビ奴隷共が!大オークの一撃を味合わせてやるぞ!」


 オーク共が近づいてくるのに、エリスは納屋の壁に手をついてしゃがみ込んだままだ。

苦しげに表情を歪め、涎と涙で顔を汚しながら荒い呼吸を繰り返している。

よろめきながら立ち上がろうとするが、吐き気と震えで思うように動けないらしい。

顔色を蒼白にした半エルフ娘のが使い物にならないと見て舌打ちし、彼女を物影に置いたまま黒髪の女剣士は物陰から進み出た。

 先日の盗賊共と違って、オーク共は革鎧を纏って短槍と小剣で武装している。

その上、エリスを庇う位置にいる為にアリアは不利を承知で二対一で戦わざるをえない。


「へへへ、雌猿め。このチョ・ヤルとやる気らしいぜ」

「ぐはははー!最強のグ・ズーズさまの剣捌きを見ておそれいろ!チビにんげんが!」

オークというのは、誰も彼も自惚れが凄まじく、自分達を世界最高の種族であり、己を最高の使い手だと信じているものだ。

大半は怠惰な怠け者で口ほどにもないのだが、中にはそれなりに鍛錬を積む者もいる。

如何にも武器を使い慣れた様子から、二匹は恐らく後者の類であろう。

口々に威嚇の叫びを上げながら、武器を振り回して黒髪の女剣士に猛然と迫ってくる。

どうやら、楽はさせてくれそうもないな。

唇の端を赤い舌でちろりと舐めると、アリアは狼のようにオーク共に踊りかかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ