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手長03

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R18該当っぽい部分のあらすじ

追い詰められたエリスは、擬態の降伏で油断した盗賊の目に串を突き刺した。

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 賊徒たちにとっても、長雨に泥濘んだ大地は厄介だった。

長靴を履いた黒髪の剣士は俊敏に動き回っては、のろまな敵手たちに絶え間なく鋭い突きを見舞って素早く転進し、逃げると思いきやまたもや反撃に転じるといった様子で三人の賊を翻弄し続けている。

距離を詰めようと迂闊に近づけば、鋭い刃での一撃をお見舞いされ、廻り込もうとすれば今度は素早く逃げられてしまう。

 女剣士が未だ無傷なのに対して賊共はいずれも出血し、或いは強烈な打撲に鼻の骨を折られるなど浅くない手傷を負っていた。

一党のうちで無傷なのは、未だに手出しせず傍観に徹している賊の頭目くらいのものだ。


 女剣士は、絶えず賊徒たちに罵声を浴びせ、挑発し、その悪口雑言は、賊徒たちのトロル並の顔の造形のまずさからオークを思わせる体臭の酷さ、ゴブリンの如き血の巡りの悪さに、彼ら失敗作を世に送り出してしまった両親の恋人を選ぶ目の無さを嘆く所にまで及んだ。

 遂に我慢しきれなくなった乞食が立ち止まって、苛立たしげに後ろに控えている頭目を睨みつけた。

「おい、手長の!てめぇは先刻から何やってんだよ!」

盗賊『手長』のフィトーは、灰色の瞳でじろりと喚いている乞食を見据えた。

「さっさとこっち来てこの五月蝿い娘を捕まえるのを手伝え!てめぇの抱えてるご大層な棍棒は飾りかよ!」

 怒鳴っている乞食は、肩と腕からかなり出血していた。

身振り手振り交えて喚き散らす度、出血している箇所から派手に血飛沫が跳ね散った。

賊徒の頭目は、暴れまわっている女剣士に再び視線を戻した。

「もう少し疲れさせろ。俺の出番はそれからだ」

「……ああ!?」

激昂した乞食のベッラは頭目に詰め寄ろうとしたが

「ベッラ!戻って来い!助けてくれ!」

仲間の応援を呼ぶ声に苛立たしげに舌打ちした。

僅かな時間、険悪な表情でじっとフィトーを眺めていたが、フンと鼻を鳴らして再び女剣士へと立ち向かっていった。



 杖で女剣士と戦っていた乞食が絶叫を上げた。

仲間に助けを求めた乞食のロレンソは必死で杖を振り回していたが、彼の得物は黒髪の娘が振るう長剣と打ち合わせるたびに、かなりの木片を撒き散らして削られていく。

ミューが横合いから必死で庇ってくれなければ、既に数回は殺されていただろう。


「……い、いい加減、観念しろってんだ!こっちは四人だぞ!降参しねえと後が酷いぜ!」

破れかぶれに吐いた脅し文句に、女剣士がぴたりと動きを止めた。

深い水溜りを前に、ちらりと地面を見つめてから面倒くさそうに前髪をかきあげた。

「ほ?……い、いい娘だ。そうやっておとなしくしてりゃあ……」

「ほら、おいで子豚ちゃん。首を刎ねてあげるから。

 その時は、いい声で啼いておくれよ?」

正面の敵を見つめると、女剣士は冷笑を浮かべながら、からかうように手招きをする。

「こっ、この糞アマが!」

鼻の骨をへし折られ、さらには露骨に馬鹿にした物言いに、いい加減に頭に血も昇ってきていたのだろう。

ロレンソは顔を真っ赤にして、喚き散らしながら殺気立った様子で黒髪の剣士に跳び掛かった。

「馬鹿!」

叫んだミューが制止しようとするのも間に合わず、水溜りに足を踏み入れたロレンソは、次の瞬間、派手にすっ転んだ。

踵が地面に沈み込んだ。そう思ったら転倒していた乞食の足が無様に空を掻いた。


 待ち構えていた好機を見逃すはずもない。

間髪おかず、女剣士は渾身の力を込めて横薙ぎの一撃を放った。

泥濘に足を滑らせて転倒した所に、脹脛に強烈な一撃を喰らって乞食は絶叫した。

強烈な刃の一撃は、筋肉と脂肪を完全に切り裂いて、白い骨まで到達していた。



 深々と切り裂いた手応えを味わいながら、女剣士は素早く距離を取った。

計略が上手くいったとほくそ笑む。

呪詛の言葉を喚いているが、乞食はもうお終いだった。

大量に出血しているし、足を殺して無力化した。

ようやく二人。

声に出さずに唇だけを動かして呟いた。

休みなく動き回っている為に、額には仄かに汗が浮かんではいたが、体力には余裕が在った。

呼吸も整っており、集中力も衰えていない。まだまだ戦える。

呼気は熱く、初冬の冷たい大気に触れて湯気のように白く立ち昇っては溶けていく。

頭目が参戦するか、エルフを追いかけていった二人が戻ってくる前にあと一人は仕留めておきたいな。

エルフ娘の事はあえて頭の外に置いている。心配しても無駄だからだ。

棍棒を振りかざしたもう一人の乞食が突進してきた。

振り下ろされる棍棒を鮮やかに躱すと、すれ違い様に脇腹を切り裂いた。



 苦痛に顔を歪めながら、ベッラは躰を後退させた。

じりじりと遠ざかり、安全な距離を稼いでから指先で脇腹に触れてみる。

厚手の生地が完全に切り裂かれているが、その分、斬撃を受け止めてくれたのだろう。

傷は浅く、内臓までは達してない。

ホッと息を吐くと、次は段々と痛みが激しくなってきている左肩を調べる。

此方は深手で、ぬるりとした感触に眉を顰めた。

始めは痺れるようだった痛みが、時間が経つにつれて段々と激しさを増してきている。

乞食は棍棒を投げ捨てると、肩口を押さえたまま曇天を仰いで呟いた。

「……止めだ。付き合いきれねえ」


 踵を返した乞食を、長大な棍棒を担いだ頭目が睥睨した。

「何処へ行こうってんだ?ベッラ」

「塒へ帰るのさ。フィトー」

投げやりな態度で答えると、棘を含んだ嘲りの言葉を掛けられる。

「仲間を置いて逃げようってのか?」

ベッラは怒りを爆発させた。

「ふざけんな。俺は手前の手下じゃねえぞ!

 儲け話だって言うから付いてきただけさ。てめえの命令を聞く義理なんざねえ。

 俺は降りるぞ!!見てないで手前が戦えよ!」


「……フィトー。こいつは強いよ」

取り成すように赤毛の女賊が頭目に話しかけるが、フィトーは険しい目付きで乞食を睨みつけたまま、強圧的に言い放った。

「俺に殺されるか、そいつを殺して生き残るか。好きな方を選べ」


「手前で戦え。付き合いきれねえ。俺は帰るぜ。ロレンソだって速く手当てしてやらなくちゃならねえ」

唾を吐き捨てると、ベッラは友達に肩を貸そうと踵を返した。

「後一つ言っとくがな……てめぇの冗談はすげえつまんねえからよ。余り勘違いすんな?」

無言で後頭部へ叩き付けられた巨大な棍棒は、一撃で哀れな盗賊の頭蓋を粉砕した。

ベッラの頭部はグズグズになるまで煮たシチューの具のようにひしゃげて、躰が力を失って雨に濡れた地面へと倒れこんだ。


 仲間割れに馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、女剣士は頭目へと向き直った。


「フィ、フィトー。あんたは……」

「下がってろ。役立たず」

赤毛の女賊には一瞥もくれず、長大な棍棒を手に前に進み出た頭目は、冷たい灰色の瞳で女のしなやかな肢体を値踏みしつつ、その呼吸が乱れているのを見抜いた。

女剣士は一見、まるで疲れていないように装いながらも、今も静かに呼吸を整えていた。

強かな奴だと口角を吊り上げる。

三人を相手して休みなく動き回っていたのだ。かなり疲れていると確信する。



「顔色一つ変えねえか?大した女だ。

 腕が立つし、度胸もある。気に入ったぜ」

いきなり何を言い出すのかと、疑わしそうに目を細めている二人の女の前で、フィトーは歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべた。

「俺の女になれ。たっぷりと楽しませてやるぜ」

「……フィトー」

赤毛の女賊は目をみはった。愕然とした表情で情人なのだろう、頭目の名を呟いた。


 濡れた前髪をかき上げつつ、女剣士が艶やかな微笑を浮かべた。

フィトーがにやりと笑い返すと、女剣士は黄玉の瞳を頭目に向けて笑顔のままで

「牝オークとでも番ってるがいい。それが貴様には分相応というものだ」


 つまらなそうにフィトーは、鼻を鳴らした。

「……馬鹿な女だ」

地面を見つめ、それからいきなり咆哮を上げて雄牛のように突進する。

勢いよく振り降ろされた棍棒は、当たれば確かに致死の威力を秘めていた。

紙一重で避けると、女剣士はここぞとばかりに電光如き一太刀を見舞った。

「ぬう!」

互いにすれ違ってから振り返った。今の一瞬で女剣士の全身からぶわっと汗が噴き出ていた。

対して濁った灰色の瞳の大男は、ふてぶてしい表情を崩さない。


「……躱したか。やるじゃねえか?」

「随分、余裕だな。痛くないのか?」

「……あ?」

鈍い痛みを感じたので右手を見ると、指の幾つかが切断されていた。

ちぎれた肉と軟骨が冷たい外気へ触れている。

傷を視覚で認識した瞬間、指先に感じる締め付けるような激痛に頭目の顔が醜く歪んだ。

「あーーーーーーーーーーーーー!!」

憤怒によるものか、驚愕によるものか。

指先から鮮紅の血潮を噴水のように噴き出しながら、眼球が飛び出すのではないかという位に目を剥いて半狂乱になって絶叫する。

黒髪の娘は、実に心地良さそうな表情を浮かべて、敵の苦悶の叫びに耳を傾けている。

「殺す。殺してやるぞ!きさ……あふん」

 何事か喚いている最中に、一気に間合いを詰めると横薙ぎの一撃で大男の喉を切り裂いた。

フィトーの半ば切断された首が皮だけを残してぶらんと背中の方にたれ下がった。

街道に巣食って大勢の旅人を餌食にしてきた手長のフィトーの、それがあっけない最後だった。

「此れで三人」


「……フィトー?」

「……在り得ねぇ」

残された二人の賊が、呆然と呟いた。


 いち早く正気を取り戻したのは、足を負傷した乞食の方だった。

後退りながら、必死に命乞いをしようとする。

「ま、待ってくれ!お嬢さん!俺たちゃ……」

「待たない」

 地面に蹲っていたロレンソは、強烈な蹴りを顎に喰らって、仰け反った所を心臓を貫かれた。桃色の泡を傷から吹き出しながら、血液と共に生命力が乞食の体から抜けていった。

女剣士は死体にブーツを当て、胸を蹴り押して深く突き刺さった剣を引き抜く。

「此れで四人。後は、お前だけ」

返り血を浴びながら、黒髪の剣士は愉しそうに口の端を吊り上げて女賊を見つめた。

強い精気に満ちた黄玉の瞳が炯炯とした光を宿してミューを貫き、彼女の心臓を恐怖に締め付けた。


「……畜生。お前はなんなんだよ?こっちは五人いたんだぞ?」

赤毛の女賊は、顔面を蒼白にして、身震いしながら悲鳴のような声を上げた。


 女剣士が愉しそうにくつくつと笑う。

「断罪者さ。お前らを裁く為に復讐の女神に遣わされたのだよ」

「ふざけやがって。このあばずれがァ!」

ヒステリックな金切り声で狂乱の態を見せる女賊に、

「清純な乙女に対して無礼な奴だ。その言葉は万死に値するぞ?」

貴族の娘は憮然とした表情で切り返しながら、剣を構えた。



 眼帯の賊は絶叫を上げつつ、仰け反った。

手近な石ころを掴むと、エルフ娘は悲鳴を上げてる盗賊の鼻面に思い切り叩き付けた。

情けない悲鳴をあげ、目に鉄串を突き刺したままに地面を転がって喚いている。

 翠髪の娘はよろよろと立ち上がりながら、あの鉄串はもう使う気になれないな。などと考えていた。

気持ち悪そうに唾を地面に吐き出してから周囲を見回し、もう一人の盗賊が近づいてくるのに気づくと、止めを刺すよりも此処は少しでも距離を稼ごうと考えて、急いで逃げ出した。


「ジャールの兄貴!大丈夫ですかい!」

「あの長耳野郎を捕まえて此処へ連れて来い!ぶっ殺してやる」

いかにも心配そうな声を掛ける舎弟に、ようやく鉄串を引き抜いた盲目の賊が怒鳴りつけた。

「……ああ。此れは此れは」

ジャールの負傷の程度を見て取った舎弟の声が、微妙に変化する。

「韋駄天ジャールともあろう者が、女に目潰し喰らうとはねぇ。情けないねえ」

「なに!てめぇ、ダーグ!誰に向かって口聞いてやがる」

明後日の方向へ吼え猛る盲目の男を侮蔑の眼差しで嘲笑う。

「凄んだって無駄だよ、兄貴。いやジャール。

 両目の見えなくなったあんたがこの先、どうやって生きていこうってんだ?」

 裏社会の住人には仲間意識などない。少なくとも小男は芯まで性根の腐った人種だった。

周囲を手探りしながら地べたを這いずり回っている先刻までの兄貴分を露骨に見下した目つきで眺めながら、小男は表情を醜く歪めて嘲笑を浴びせかけた。

「まあ、あの女は俺がとっ捕まえて、たっぷり可愛がってやるぜ。

 あんたは其処で指を咥えて待ってるんだな。ジャール」

甲高い哄笑を上げながら小男は泥濘に足跡の続く丘陵の頂きを見上げた。


 西方山脈の稜線の上、太陽の周囲に紫色の宵闇が広がりつつあったけれども、

夜のベールが世界を覆い尽くすまでには、今少しの時間が必要だろう。


 必死に傾斜をよじ登っていく半裸のエルフ娘の背中を見つけると、ダーグは舌なめずりしながら猛然と追いかけ始めた。




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