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死闘 04

「道を開けろ!皆、道を開けるんだ」

ルタンの従士である若い青年が声を張り上げて、近くにいる味方に注意を促がしている。

巨人がのそのそと前列に進んでいくに従い、左右に割れた味方の兵が攻める手を休めて引き下がってしまう。

「巨人族……か」

冷ややかな眼差しで巨人を眺めた傭兵剣士のギースは、何か言いたげに旧友のヘイスに視線を向ける。

「……何をしているのだ?」

攻める手を休めて後ろに下がっていく兵士たちを目にすると、呆然と呟いたヘイスの表情が今度こそ怒りに赤黒く変色した。

「馬鹿な……何をやっているのだ。このまま攻め続ければ勝てるものを」

「同感だが……おい!何処へ行く気だ?」

相槌を打ったギースの隣で、怒気も露わに叫んだヘイスが歯軋りしながら大股に歩き出した。


 ギースは慌てて友人の背中を追い掛ける。

「本陣だ!矢玉を惜しんでよい相手ではない」

断言するクーディウス家の郎党に、傭兵剣士は水を差した。

「……だが、こっちの話を聞くかね?」

「どういう意味だ?」

ヘイスが訝しげな表情で振り返った。

「こっちも人死にを嫌って無理な攻めを控えている。

そこを責められたら、薮蛇になるかも知れんぜ」

「……ふむ」

疲労したルッゴ・ゾムに巨人を当てて、大将首を取る事で連中の士気を挫き、打ち破るつもりなのだな。

「気に入らんが、確かにいけるかも知れん」

考え込んだヘイスが迷っている最中にも、ルタンの本陣では高らかと角笛が吹き鳴らされている。

「ウドの大木じゃなきゃいいがねぇ」

眠たげな眼をさらに細めながら、ギースは淡々と言葉を続ける。

「まあ、仕方あるまいよ」

供廻りの兵士たちが号令を受けて集結していた。

温存していた最後の兵を投入するつもりか。

取り敢えずは見定めてやろう、迷った末にヘイスは静観の構えを取った。


「ギース……貴様、獲物を横から掻っ攫われて構わんのか?」

ヘイス自身は手柄に執着していないが、ギースには個人的な武勇に執着する面があった。

己を打ち負かした戦士が数の暴力に晒された挙句、止めを刺されるのはいい気分ではないだろう。出来るなら、自分で倒したかったのではないか。

クーディウス郎党であるヘイスにそう問いかけられて、傭兵剣士は軽く誤魔化すように口笛を吹いた。それから旧友に胡散臭そうな笑みを向ける。

「どうだ?ここは一つ任せてみるのは?」



 豪族勢とオーク勢が死力を尽くして争っている戦場に、角笛の音が響き渡った。

狭隘な峠道の隅々まで響き渡った角笛の音を耳にして、ルッゴ・ゾムは丘陵の高みに陣取る豪族勢の小集団にチラリと視線を走らせた。

高らかと吹き鳴らされる角笛の音色は、確かに其処から聞こえてくる。

彼方にあるゴート河河畔にまで響き渡ったかもしれない角笛の、吹き手の属する一団からは、灰色の軍旗を風に棚引かせ、伝令が出ているのも目に入った。

間違いなく本陣だろう。これまで丘陵の稜線に隠れていたルタンが、それと意図せずオークたちの目の前に己の場所を明らかにしていた。

「……あれが本陣か」

確信を込めて呟きを洩らしたルッゴ・ゾムだが、彼自身は周囲を郷士たちに取り囲まれており、どうにも身動きが取れそうもない。

今のところ、オークの大将の豪勇を警戒して遠巻きにしているが、万が一でも迂闊な動きを見せれば、目前の郷士たちは一斉に飛び掛ってくるに違いない。

「おうおう!味方の影に隠れて後ろでお山の大将気取ってやがる。気にいらねえな!」

ルッゴ・ゾム以外のオークも気づいたのだろう。離れた味方の円陣では、喚いているボロが本陣を睨み付けながら地面に唾を吐き捨てている。


 だが、仮にルタンがオーク勢に居場所を気づかれたことを知ったとしても、危惧は抱かなかったに違いない。

今のところ、辛うじて豪族の兵団の攻撃に持ちこたえているオークの戦士たちではあるが、元々、数で大きく劣っている。

その上、疲労困憊しており、豪族勢が攻めの手を緩めたにも拘らず、追撃もせずに距離を取って息を整えるのに必死であった。

ルタンだけでなく、豪族勢の過半がこの時点で、勝利は揺るぎないものだと捉えていた。


「皆、下がれ!道を開けろお!」

伝令らしい人族の若党が、声を張り上げながら戦場を走り回り、豪族勢の戦列を左右に分けていく。

先刻までオーク勢と干戈を交えていた豪族の兵士たちは、不満そうに顔を見合わせたり、怪訝そうな顔を見せながらも指示に従って左右に割れていった。


 やがて前線で戦っている兵士たちも、豪族勢の戦列の後方で徐々にざわめきが広がっているのに気づきだした。

次いで、人の波を掻き分けて近づいてくる人影の大きさに、オークたちが驚きの声を洩らす。

「なんだ、あいつは!」

息を呑んでいる仲間たちの中で、ボロは汗の吹き出た額を掌で撫でて呻いていた。

丘巨人ヒルジャイアントだと……まさか」


「ゾダンガ!おお!ゾダンガ!」

戦場に僅かに残っていた襤褸をまとう丘陵民たちが、興奮も露わに昂ぶった叫びを上げて得物を振り回してた。


 丘巨人族は、紛れもない巨人族の一員ではある。

とは言え、巨人と呼称される数多の種族のうちでは、もっとも非力で小柄な種族に分類されていた。

雲の巨人や炎の巨人といった恐るべき力を持つ高位巨人族は勿論、山の巨人や草原の巨人といった取り立てて取り得のない普通の巨人族と比較しても、非力で頭が悪く、文明度でも劣っていると見做されている。

だが、それはあくまでも巨人族の中で見ればの話である。

他の殆どの種族から見れば、丘の巨人は、正しく恐るべき脅威以外の何物でもなかった。

例えば、ハイオークやトロル。オグルといった恐るべき種族でさえ、巨人に掛かれば子供のようなものだ。

巨人と素手で戦えば、為す術もなく四肢を砕かれてしまう。

殆どの人族やオークからすれば、怒れる丘巨人との遭遇は、すなわち確実な死を意味している。


「巨人だ!巨人が出るぞ!皆、下がれ!オークの大将は巨人に任せろ!」

ルッゴ・ゾムを取り囲んでいた勇敢な郷士たちも、その言葉にむしろ安堵の表情を見せて、包囲を解き、じりじりと後方へと下がっていった。

巨躯のオークは並外れた豪勇の持ち主であるから、郷士たちが勝てたとしても犠牲が皆無というわけにはいかない。

戦って仕留めたとしても死人手負いが出るのは避けられず、或いは死ぬのは己かも知れない。

そう考えた時、出来るならば危険な役目は他人にやってもらいたいと思うのは人情だった。

ましてそれが雇われの巨人であれば、能力的にも人格的にも気兼ねなく押し付けられるというものであった。


 のしのしと大地を踏みしめる丘の巨人の傍らを小走りに進みながら、ルタンはルッゴ・ゾム指差して声を張り上げていた。

「村が冬を越せるだけの食料と毛皮、薪を与えてやる。後はお前の働き次第だ」

黒髪を振り乱した丘の巨人は、毛皮を纏った銀髪の豪族を大きな眼でじろりと睨んだ。

「約束は守れよぉ、小さいのぉ。さもないとゾダンガはおめぇの村をぶっつぶすからなぁ」

これ見よがしに棍棒……というより、材木を振るった巨人が唸り声を発するが、ルタンは微塵も動じた様子を見せずに嘲笑を返した。

「ふん、褒美をくれてやるとしても、それは貴様があのルッゴ・ゾムを倒してからの話だ。

さあ、妻子を養いたくば、みごとオーク共を蹴散らしてみせい!」


 困窮する丘の民を食い物で釣って、尖兵に仕立てあげたか。

なるほど。誰が考えたか知らんが、上手い手だな。

ルッゴ・ゾムは、疲労に重たくなった身体を支えてしっかと立ち上がった。

丘の民単独では街道の村々を襲うだけの力はない。

かといってオーク族と手を組めるかといえば、否だろう。

俺たちは丘の民を見下し、時に襲撃している。

鉄の斧を握り締めて瞑目すると、深々と深呼吸をする。

踊らされている相手と分かっていても、連中と付き合わざるを得ないか。


 巨人が咆哮を上げると、戦場の空気が一変した。

仮にも人類のものとは思えぬ凄まじい大音声が喉から迸ると、びりびりと空気が震えた。

唸りを上げて前に出てきた巨人の腰には、縄に結ばれた幾つかの頭蓋骨や生首がぶら下がっていた。

……人喰いか?

例え人喰いの習性があるオーク族であっても、他種族に喰われるのは嫌なものだ。

思わず息を飲んだルッゴ・ゾムだが、腐りかけた顔の大半が、凶悪そうな面構えのオークや屈強の人族の男であるのに気づいて認識を改める。

恐らくは賊徒を相手にしての、丘の民の間で巨人の武勇を証明する品なのだろう。


 丘の巨人とルッゴ・ゾムが、峠道の只中で相対した。

オーク勢と豪族の兵士たちが打ち合うのを止めた。両軍は、自然と距離を取って離れていき、死した者や重症を負って地面に蹲っている者のみが、冷たい雨に晒されながら大地に残された。

しかし、なんと言う巨体であろうか。

六尺半ばもある均整の取れたルッゴ・ゾムの肉体でさえ、巨人族を前にしては子供のように頼りなく見える。

見上げるルッゴ・ゾムのさらに五割増しの背丈の巨人は、余裕の表れなのか。

乱杭歯を剥き出しにして、いやらしくにたにたと笑っていた。

獣の毛のような黒い剛毛は、背筋まで垂れ下がっており、垢に塗れた分厚い毛皮を纏っていた。防具代わりか、腹や胸には木の板が縛り付けられている。

巨人の手にした棍棒も、恐らく七尺(2m10cm)はあるだろう。

でかい。さて、勝てるか。

迫る巨人を目前にして、流石にルッゴ・ゾムの額から冷や汗が吹き出た。


「よう、チビ助ぇ。強いつもりかぁ?」

間延びしたその癖、異様に野太い唸りを乱杭歯の間からしゅーしゅーと洩らしながら、巨人がルッゴ・ゾムに話しかけてきた。

「おめぇがあのルッゴ・ゾムなんだってな。へへ、こんなチビ助がよぉ」

笑顔の巨人の、しかし、黒い眼にはやり場のない憤怒と闘争心が渦巻いており、巨躯のオークの背筋をゾッと寒気が走りぬけた。

「挨拶代わりだ。くたばれぇ」

にいっと笑った丘の巨人は、いきなり棍棒を振り下ろした。


 巨人が肩に担いでいた棍棒が唸りを上げて振り下ろされる。

口調を裏切る速度に反応できたのは、あらかじめ巨人の動作を観察して、おこりを察知したが故の幸運だろう。

反射的に横っ飛びで躱すも、体側をぎりぎり棍棒が掠るだけで恐ろしい風圧が巻き起こった。

さすがのルッゴ・ゾムも胆が縮まった。辛うじて体勢を立て直すも、巨躯のオークが懐に飛び込むよりも早く、巨人は腕力だけで棍棒を斬り返した。

棍棒の先端が唸りを上げて迫ってくる。

これも大きく仰け反り、地面を転がって距離を辛うじて距離を取る。

僅かに二合を凌いだだけで、ルッゴ・ゾムは大きく息を乱していた。

でかい。そして間合いが遠い。戦斧で仕留められるか。


 丘の巨人は、それほど技巧に優れているわけではない。むしろ体の大きさからすればやや鈍い。

それでも七尺を越えるような棍棒を自在に操る膂力はいかほどであろうか。

何の変哲もないただ大きいだけの棒切れが、しかし、巨人の手に握られた瞬間に途方もない脅威と化していることに、ルッゴ・ゾムは戦慄を覚えざるを得ない。


 巨人の間合いは遠く、そして一撃は重かった。

無造作に振り下ろされる棍棒の一撃が地面を打つと、それだけで鈍い音が響いた。

振り回される棍棒を掻い潜り、必死に巨人に斬り付けても、蚊にでも刺されたかのように煩わしげに身体を揺するだけだった。

巨人の急所を狙おうにも首には背伸びしても届かない。

心臓は木の板と分厚い胸板に阻まれている。


 巨人は醜悪な顔に嗜虐的な笑いを貼り付けながら、棍棒を振り回している。

オークの大将は、無理をせずに後退した。いや、力負けして押し込まれ、その分だけ巨人はさらに踏み込んでくる。

糞。でかい。

躱し続けるだけで、ルッゴ・ゾムの体力と気力が大きく削られていく。

と、横薙ぎされた棍棒を、横合いにいたオーク戦士が躱し損ね、吹き飛ばされた。

巻き込まれたオーク戦士は身体を折り曲げ、不気味な痙攣を繰り返している。

オーク勢は絶句し、豪族の兵士たちは一斉に歓声を上げた。


 手詰まりだった。

ルッゴ・ゾムの体躯であっても、不安定な体勢からの一撃では巨人の巨体には効かない。

思い切って踏み込まなければ届かないが、しかし、棍棒による間合いが長すぎて簡単には近寄れない。

棍棒のあの恐ろしい威力。不用意に喰らえば、ルッゴ・ゾムとて一撃で昏倒しかねない。


 雨滴を切り裂きながら振り下ろされる棍棒は、早く、そして兎に角、重かった。

間合いを見切って躱したルッゴ・ゾムは、息を吸い込むや大きく踏み込んで飛び込んだ。

巨人が棍棒を切り返して叩き付けて来るのを、斧の刃を横にして、遠心力の弱い内側で受け止め、棍棒の横薙ぎに耐える。

「おお!」

それでも巨躯のオークの全身の筋肉が音を立てて軋んだ。

「よく受け止めたなぁ、ちっちゃいの」

嘲るように乱杭歯から不気味な笑い声を洩らす巨人に歯軋りで応えると

「ぬお」

ルッゴ・ゾムは気合と共に棍棒を受け流して、斧を振りぬいた。

「ちい」

巨人が慌てて腕を引いた。戦斧の刃は、確かに巨人の腕を切り裂いたが、傷は浅かった。


 巨人が舌打ちした。

「くそがぁあ!」

落ち窪んだ瞳には憎悪と憤怒が激しく渦巻き、怒りに任せて巨大な棍棒を振りおろす。

棍棒の間合いを見切ったルッゴ・ゾムは、何とかこれを凌ぎながら、隙を窺うがどうにも攻める機会が見えてこない。

斧では無理だ。届かんし、これ以上打ち合わせたら壊れかねん。

何とか戦える力が残っているうちに、巨人への勝機を見つけないとならんが……

横っ飛びに倒れこみ、或いは棍棒を掻い潜って地面を転がり、全身を泥で汚しながら、ルッゴ・ゾムは僅かな隙を見て四方に視線を走らせる。

と、巨躯のオークの視線が、戦場に転がる味方のオーク戦士の骸の上に止まった。

……あれは。

胸から槍を生やして息絶えている味方の姿に顔を歪めたルッゴ・ゾムが、僅かに停止した瞬間、棍棒が振り下ろされた。

反射的に動いたルッゴ・ゾムの不用意に受けた戦斧の峰の部分に棍棒が叩きつけられる。

其の侭、オークの太い腕からもぎ取られた戦斧が遠く弾き飛ばされた。



「ルッゴ・ゾム!」

「頭領が!」

大将の一騎打ちを見守っていたオークたちが口々にどよめきを洩らした。

「糞ッ!」

叫んで飛び出した気配を背中を見ずに感じ取ったルッゴ・ゾムが、吼える。

「来るな!こいつは俺一人で充分だ!」

歯軋りしたボロが、手を伸ばして飛び出しそうな部下たちを制止させる。


 腕を斬りつけても効かず、急所を狙う事も出きず、いまや逃げ惑うばかりに見えるルッゴ・ゾムの言葉に、巨人が身体を揺らして笑った。

残酷な光を目に宿した巨人が嗜虐的な笑みを深くして迫ってくるのを見て、オークの大将はむしろ気持ちを落ち着けた。

舐められているな。だが、そうだ。もっと油断しろ。

流石のルッゴ・ゾムも、体躯と膂力に遥かに勝る巨人に一方的に攻撃され、凌ぎ続けるだけの展開に激しく消耗し、息が切れ掛けてきている。

泥まみれになって地べたに無様に転がり、泥中で足掻くように這いつくばりながら巨人から距離を取ろうとする。


 味方である巨人の強大さに心強さと安心感を抱き、気が大きくなっているのだろう。

豪勇を振るった恐るべきオークの勇士を子ども扱いする巨人の姿に、農民兵や豪族兵がどっと囃し立てるように沸いて嘲笑を浴びせかけていた。

「どうした、逃げ回るだけか、オーク!」

「まともに戦え!」


 息絶えた配下のオーク戦士の傍で、呼吸を乱したルッゴ・ゾムは足を止めた。

仲間の屍に跪くと、カッと見開いた目を閉じさせてからなおも巨人を睨み付ける。

「そろそろ、とどめだぁ。チビ助ぇ」

巨人が大股に間合いを詰めてくる。

その姿を大地に片膝をついた姿勢でルッゴ・ゾムは眺めていた。

子供の頃を思い出すな。

自分よりもずっと大きな大人や兄に稽古をつけてもらった時、俺はどうしたっけか。

歯が立つわけがないのに、何とか工夫を重ねて勝とうとしてた。

地面に半ば埋もれたそれを握り締めて、オークの大将は笑った。

なに。よく考えれば、あの頃ほどの差があるわけじゃない。



「何を笑ってやがる。そろそろ、しねぇ」

不敵に笑っているルッゴ・ゾムの頭に、踏み込んだ巨人が棍棒を振り下ろした。

「自分よりでかい奴との戦い方を思い出した」

瞬間を見計らっていたルッゴ・ゾムが、引き絞られた弓から放たれた矢のように踏み込んだ。

頭を掠めてぎりぎりに棍棒を躱した直後。

棍棒を振り下ろして腕の伸びきった巨人の掌を、ルッゴ・ゾムが手にしていた短槍の穂先が完全に貫いていた。

「ぐ……がぁッ!」

灼熱の苦痛に咆哮を上げた巨人が、棍棒を振り落とした。


 屈みこんだルッゴ・ゾムが、素早く棍棒を抱え込んだ。

素早く立ち上がる。

「くそがぁ!捻りつぶしてやるぞぉ。チビ助ぇ!」

耳元で巨人の発した怒声が、びりびりとルッゴ・ゾムの鼓膜を振るわせた。

無論、巨躯のオークとは言え腕力だけで七尺の棍棒を自在には振るえない。

「むん」

戦士が長物を使う要領で、抱え込んだ棍棒もろともに体軸を移動させて、勢いよく吼えている巨人の脛に叩きつける。


 肉の潰れる音か、骨の軋んだ音か。めしいと重たい音が確かに聞こえた。

再度、絶叫した巨人が脛を抱えて崩れ落ちた。

立っているルッゴ・ゾムと体勢の崩れた巨人の顔が丁度、同じ位置まで落ちてきて、二つの視線が交差した。

間違いなく強い筈の自分がどうして追い込まれているのか、丘の巨人には分からない。

信じられないと言った表情で、落ち窪んだ暗い瞳を大きく見開いてルッゴ・ゾムを見つめている。

己を鼓舞するように三度、喉から咆哮を迸らせた巨人の瞳には、しかし、明確に脅えの色が混じっていた。

八つ裂きにしようというのか。鉤爪めいた鋭い爪が生えた巨大な両手が、懐に迫るルッゴ・ゾムへと掴みかかってきた。

肩が軋んだ。類人猿にさえ対抗できるかも知れない巨人の途方もない膂力が、オークの肉体を分解しようと凄まじい圧力を掛けてくる。

と、腰を据えて、身体を捻った巨躯のオークの鉄拳が巨人の米神に叩きつけられ、その目を晦ませた。


 顔を庇うように手を前に突き出し、苦痛に悲鳴を上げて後退った巨人を前に、ルッゴ・ゾムは再び棍棒を抱え上げた。

「いい間合いだ」

餓鬼の時分に、ルッゴ・ゾムは兄に稽古をつけてもらった。

その頃には、自分よりでかい相手と戦う為の工夫を散々に凝らしたものだった。


 兄貴には通用しなかった手だが、こいつは体格の割には動きも頭も鈍い。

「兄貴ほどの強さじゃないね」

ルッゴ・ゾムが力を振り絞ると、全身の筋肉が大きく盛り上がった。

思い切り踏ん張ると巨人の咆哮を圧するような戦の雄叫びと共に、抱えた棍棒を逆袈裟に跳ね上げるや、勢いのついた先端が狙いあたわず見事に巨人の顎を打ち抜いた。

白目を剥いた丘の巨人の両手が力なく地面に落ちた。

ぐらりと、巨人が、揺れて、地響きを立てて崩れ落ちた。


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