第4話
ギイイィィィィ。
甲高い音をたてて重厚な扉が開いた。
中は果てが見えないほどの巨大な部屋だ。
そういえば、迷宮には空間に作用する魔法が掛かっているので、内部の広さは、見た目ではわからないという話を爺に聞いた覚えがあるなと、レンは思い出していた。
「ん?」
前を見ると何か居る。
「あれがこの迷宮の主か?」
火の塊。
最初はそう思ったが、目を凝らすとそれが人型であることがわかる。
だが、明らかに人間より大きい。少なくともレンの5倍はある。
「人ノ子ヨ、我ガ炎ニ焼カレヨ」
突然、迷宮の主が喋りだした。
「お前、人の言葉がわかるのか?」
レンは尋ねてみるが。
「モヤス、モヤスモヤスモヤス」
炎が膨れ上がり、敵意を向けてくる。
「話は通じないか・・・」
こちらも戦闘態勢に移行する。
「くそ!」
対峙してわかる。
この主は自分より強い。
はっきり言って舐めていた。主がここまで強力な存在だとは思わなかった。
無傷とはいかないが、勝てると思っていた。
だが、今のままでは、おそらく殺されるだろう。
逃げるか?
そんな考えが一瞬、頭を過ぎったが、すぐさま否定する。
<火の迷宮>は初心者用の迷宮だ。ここで退くようなら、ほとんどの迷宮は踏破出来ないということだ。
ギリギリまで戦おう。
それでも退いたのならば、改めて鍛えなおそう。
そう思いながら覚悟を決める。
そうと決まれば先手必勝である。
「水よ」
レンが、そう言うと2メートル程の水球が3つ空中に顕現する。
「雷よ」
水球に雷撃を纏わせる。
「いけ!」
主に水球が放たれる。
バシュアアァァァァァ。
直撃し、水煙が立ちこめる。
「少しは効いたか?」
さすがに倒せたとは思えないが。
「ガアアァァァァ」
主は雄叫びを上げて、水煙を吹き飛ばす。
「無傷かよ」
ここまで差があるとうんざりする。
「<魔法>は効かないのか?」
水で炎が鎮火しない。
生物なら雷で怯むはずだ。
だが、堪えた様子は無い。
「もう一度試してみるか、水よ」
今度は拳ぐらいの水球が30ほど出来る。
「放て!」
再び主に向かっていく。
ジュ。ジュ。ジュ。ジュ。ジュ。ジュ。ジュ。ジュ。
しかし、当たる前に蒸発してしまう。
「どういう熱量だよ!」
「ガ?」
主は不思議そうに首を傾げる。
ムカつく光景だ。
「次!雷よ!」
レンの指先に雷が纏わりつく。
「穿て!」
指から雷が迸る。
だが、主の体を通り抜けてしまった。
「生物ですらないか・・・」
おそらく主は炎の塊か、それに類するものだろう。
「と、すると武器の類は効かないな。
<魔法>しかないけど、今の俺じゃな」
そうすると残る選択肢は一つしかない。
レンは次の行動を開始しようとすると。
「ガ!」
主が炎を放つ。
今まで静止していたので、レンは一瞬困惑する。
「ちっ」
<加速>で回避する。
「いくぞ」
ポーチからナイフを取り出し、<強化>と<気功術>で身体能力を高めて、投擲する。
牽制にしかならないが、主の意識がそちらに向く。
その間に、レンは次の行動に移る。
<魔力操作>で物理法則を捻じ曲げ、空中に足場を作り飛び上がる。
そして、腰の双剣を抜き、魔力を込める。
すると剣が輝きを放ち始める。
<魔法剣>を使用したのだ。
<魔法>を剣に圧縮して威力を高め、物理攻撃に上乗せするスキルだ。
<魔法>の威力を高め、至近距離から攻撃する。それがレンに唯一、残された可能性だ。
双剣に<魔法>を込め終わり、蒼く輝き始める。属性は当然、水。
後は、落下と自身が出せる最高剣速で叩きつけるのみ。
主は、まだ投げたナイフに注意が向いている。
レンは主と比べ、自らの実力が大したことはないと評価しているが、投げナイフが到達する時間にこれだけのスキルを連発し、攻撃に移るのは一流の探索者でもあまりいない。
レンはこの戦いで、探索者とは別の意味でレベルアップを果たしているのだ。
先にナイフが到達する。
ジュ。
ナイフが蒸発する。
「げえええぇぇぇぇぇ」
ナイフが蒸発する高熱。そんなものに、突っ込んで無事でいられるほど人間は丈夫ではない。
だが、既に勢いは止まらない。
「ちぃ。風よ」
<魔法(風)>で熱を受け流す。更に流しきれない熱を<魔力操作>での遮断を試みる。
「うらああああああ」
あとは成長した自分の能力値に賭けて、双剣を打ち付ける。
「ガアアアアァァァァァ」
主は苦痛の雄叫びを上げる。
だが、それだけだ。
ぶん!
「がぁ」
レンは主に殴り飛ばされる。
服は燃え、双剣は溶け、自身が焼ける嫌な臭いが立ち込める。
「ごっ、ごっふ。・・・ここまでか」
負けた。
そう感じながら、ポーチを漁る。
出てきたのは、5センチくらいの小さな石だ。
転移石・・・探索者必需品の迷宮から外へ脱出する魔法の石だ。
「転移」
しかし、何も起こらない。
辺りを見回すと違和感がある。そして、直感する。
主が魔法を封じているのだと。
「こりゃ、ダメかな」
魔法が封じられてなければ、まだ逃げることは出来ただろう。
<魔法(回復)>を使い傷を癒し、身体能力を向上させるスキルを使い9階層まで駆け上がる。
そうすれば、転移石が使える。
だが、回復の手段が封じられてしまった。
ポーチに回復薬はあるが、あれは自己の治癒力を高めることで、怪我の治りを促進させるもので、この場面では使えない。
もう起き上がる力も出ない。
しかし、主はレンの命を刈るべく攻撃を開始する。
中空に巨大な火の玉が出現する。10メートルはあろうかという代物だ。
それが、放たれる。
主は何の感情もなく、淡々と。戦いではなく、まるで作業をしている気安さで。
もう、<魔法剣>のダメージも抜けきってしまったようだ。
つまり、敵として見なされていないのだ。最初から。
思い返してみれば、攻撃をしてきたのは<魔法剣>に対するカウンターのみ、今だって邪魔だから燃やす。
敵意は向けられても、殺意は感じない。
こいつが意識を裂いているのは、人という種全体であって、レン個人ではない。
だから、相手にもされない。
そこまで思い至って、レンは呟く。
「ああ、悔しいな」
そして、炎はレンを飲み込んだ。