第3話
ザシュ。
「ぎゃ!」
なにかが斬れる音と悲鳴がこだました後、辺りが静寂に包まれる。
「これで本日120回目」
レンがうんざりした様子で呟く。
現在、レンは迷宮探索中である。
迷宮の名前は<火の迷宮>。全10階層でルディエに数ある迷宮の中で下位に位置する初心者用の迷宮だ。そして今は6階層である。
ちなみに120というのは迷宮に入ってからの戦闘回数だ。
レンは今倒した敵に視線を向ける。
真っ赤な蝙蝠・・・ヒートバットである。
すると死体が輝きだし、牙と翼、半透明な石・・・魔石の欠片に変わる。アイテムへの再構成だ。
これも何度も見た光景だ。
ここまで来るのに遭遇したのは、ヒートバットの他は、レッドスライム、リザードマンである。
初心者用というだけあって大して労せず勝てた相手ばかりだ。
例え不意を衝かれても、3対1でも勝てるだろう。
さらにスキルもある。
<気功術>で身体能力を向上させてもいい、<魔力操作>で物理法則を無視してトリッキーな機動をしてもいい、<加速>で相手の反応できない速さで攻撃するのもいい、他にも色々ある。
戦闘で今のところ苦労は無いし、無傷だ。
なのに何故うんざりしているのか。
それは今朝に遡る。
「こちらが<火の迷宮>の内部が書かれた地図になります。
なお、宝箱や魔物はランダムで迷宮内で発生されますので、地図に記載はされておりません」
不機嫌に地図を渡すリン。
それでも丁寧に説明する様は、彼女の職業意識の高さを物語っている。
「なにか怒ってる?」
本気で不思議そうにするレン。
「いいえ!別に昨日、からかわれたとか、そのせいでギルドマスターに説教食らったと全然かんけいありませんから!」
確実に怒って、根に持っている。
「そう、なら良かった」
レンは火に油を注ぐ。
「ええ!ええ!良かったですよ。
あなたもこんな所で油を売ってないで、さっさと魔物の餌になってきてください。
とは言っても、その迷宮では寄り道をしなければ、1階層毎の戦闘は3~5回ぐらいで済みますから、あなたなら大丈夫でしょうけど」
「そうか。じゃあ気軽に行ってくるよ」
「はい。くれぐれも油断して、ミスしてください」
「わかった。君も後ろの人が話があるみたいだから、頑張ってくれ」
そう言い残し、レンは外へ向かう。
そして、リンは後ろを振り向く。
「へぇ?・・・ギルド・・・マス・・・ター?」
その数秒後ギルド内で世にも恐ろしい怒声が聞こえた。
「やっぱり異常だよな」
ギルドでの会話を思い出しながら考える。
1階層毎に3~5回の戦闘なら、今居る6階層で多くても30前後、4倍は明らかにおかしい。
少し前なら偶々、運悪く遭遇した可能性もあるが、今は違う。
戦闘回数が50を超えた段階で<気配隠蔽><隠密行動>のスキルを使用している。どちらも敵に気づかれにくくするスキルだ。なのに敵の不意はつけても、遭遇率は変わらない。
「考えても仕方ないか、何か思いついたとしても可能性の領域だしな」
そもそもレンは探索者としてのやる気はほとんど無い。
日々の糧を最も簡単に稼げるのが探索者なので、探索を行っているだけだ。
ただレンが唯一、探索者として期待しているのは、名誉でも金でもなく、情報である。
ここルディエに来た目的は、自分の出自について探るためだ。
レンは物心ついた時から、山奥で爺と一緒に魔物を狩っていた。
爺はレンを育て、様々な技能を教えてくれたが、性格が最悪なので、レンは他の身内を欲した。
なので、そのことを爺にいうと「ルディエがお前の生まれ故郷だ。あとは自分で探せ」と言って放り出した。
むかついたので、探索者用ポーチと探索・サバイバル用品と20万コルほどパクって家を出た。
最も爺は最初から渡すつもりだったと思う。
何故なら、本当に渡したくないなら、罠を仕掛けるか、出かけた後で広域殲滅魔法を放っているはずだ。過去に似たようなことがあるので間違いない。
なので、爺の私物から昔は探索者であることがわかったので、そこから当たるつもりで探索者になったので、現在の状況は歓迎できない。
「はー」
考えるほど溜息が出る。
「とりあえず、能力値でも確認するか、使えるスキルも入ったかもしれないし」
レンはカードを確認する。
名前:レン
年齢:16
レベル:6
腕力:121(E)
耐久:122(E)
魔力:89(F)
精神:224(C)
俊敏:195(D)
幸運:100(E)
最大踏破階層:5
ランク:G
称号:基礎の塊、双剣の使い手
スキル:悪運、気功術、魔力操作、剣技補正、命中補正、加速、隠密行動、気配察知、気配隠蔽、見切り、罠察知、罠解除、鍵開け、魔法剣、毒耐性、魔法(火、水、風、氷、雷、補助、治療)
職業:なし
魔力素:573 次のレベルまであと27
備考:なし
「おお!」
スキルはあまり変わらなかったが、能力値は<称号:基礎の塊>の効果で大幅に上昇している。
興味が無いといっても、こうして数値になって現れるのは、なにやら嬉しいものがある。
「ん?」
昨日はそれほど、まじまじとカードを見なかったが、自分の持っている技能で心当たりのないスキルがある。
<悪運>だ。見るからに不吉っぽい。
「ギルドで貰った本にも無かったよな?」
全て覚えているわけではないから、確かなことは言えないが、ひょっとすると新種のスキルかもしれない。
「どうにか内容がわからないものか?」
そういいながら、カードの<悪運>の項目を指で叩いていると。
「え?」
スキル:悪運
詳細
迷宮内で多く魔物に遭遇しやすくなる。
迷宮内で強力な魔物に遭遇しやすくなる。
危機に陥ると幸運の能力値が大幅に上昇する。
カードの表示が変わった。
「やっぱりこれが原因かあああぁぁぁぁ」
この絶叫で更に15連戦、魔物との戦いが追加された。
「はー」
あれからもレンは<悪運>スキル爆発で、すでに戦闘数は200を超えている。
そして現在10階層で巨大な扉の前にいる。
迷宮は一部の例外を除き、最下層は迷宮の主がいる。
いよいよ<火の迷宮>最大の山場というわけだ。
「その前に腹ごしらえするか」
ポーチから弁当箱を取り出す。
これは宿から出発する際、ミーナから渡されたものだ。
もちろん愛情いっぱいの弁当。ではなく普通に宿のサービスらしい。
本当は前日に申し出なくては作ってくれないそうなのだが、伝え忘れたということで、ミーナが気を利かせてくれたのだ。
ただ、弁当を渡された際の男性の宿泊客とマーヤさんからの圧力が凄まじかった。
そんなことを思い出しながら、弁当を食べていく。
「おっ、うまい」
シンプルなサンドイッチだが、外食か非常食が常の食生活であるレンからすれば、手料理は久し振りで、以前食べた手料理は、爺の「激辛魔物の体液と死肉スープ」なるゲテモノ・・・訂正しよう。レンは産まれて初めて手料理を食したのだ。
「なんでだろう。おいしいのに悔し涙が」
とりあえずレンは弁当を片付ける作業に没頭することにした。
「さて、主との戦いの前にカードを再確認しておくか」
名前:レン
年齢:16
レベル:8
腕力:130(E)
耐久:130(E)
魔力:97(F)
精神:231(C)
俊敏:202(C)
幸運:107(E)
最大踏破階層:9
ランク:G
称号:基礎の塊、双剣の使い手
スキル:悪運、気功術、魔力操作、剣技補正、命中補正、連撃、加速、強化、隠密行動、気配察知、気配隠蔽、見切り、罠察知、罠解除、鍵開け、魔法剣、毒耐性、魔法(火、水、風、氷、雷、補助、治療)
職業:なし
魔力素:712 次のレベルまであと88
備考:なし
「よし、行くか」