第1面『スーパーマリオブラザーズ』
30年ぶりにファミコンの電源を入れた瞬間、おれは30年前、小学生の頃の自分に戻っていた――
ひょんなことから、小学生の頃にタイムトラベルした主人公のコトナリは、懐かしのファミコンを通して、忘れていた大事なモノを思い出していく。
過去を通して思い出す、本当に大切なモノとは――?
■1-1: レトロだからいいと思っているのなら、それは大いなる勘違いだ
おれは三十数年ぶりにファミコンの電源を入れた。
次の瞬間、おれは46歳のおじさんではなく、7歳の小学生になっていた。
それに、東京で一人暮らしをしている部屋にいたはずなのに、ここは……実家のおれの部屋!?
いったい、なにがどうなってるんだ……?
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
2日前――
16回目の母の命日で実家へ帰った折、納戸でファミコンをみつけた。
カセット十数本と、当時ゲーム用に使っていた14インチの赤いブラウン管テレビもあったので、一緒に東京へ持ち帰ることにした。
大きめのダンボール箱にテレビとファミコンを詰め込んでいると、3歳上の兄がやってきた。
兄は、20歳で結婚して市内の別の場所に住んでいたのだが、母の死後、家族と共に実家へ戻り、父と一緒に暮らしていた。
「まだあったんだな」
「うん。東京に持ってこうと思って。あ、いい? 持ってっても?」
「好きにしろ。つーか、テレビはいらねーだろ」
「いやいや。当時のファミコンって、後ろのアンテナんとこに接続してたじゃん。あれ、今のテレビだと付けらんないんだよ」
「ふーん。つーか、つくのか、このテレビ?」
「どうだろ……。あっちで試してみるわ」
「あーそ。粗大ゴミになんなきゃいいけどな。それ、担いで帰んのか?」
「まさか。そこの配送センターに出してくるよ」
「緩衝材入れないと壊れるぞ」
「うん。カインズホームで買ってきた」
「ふーん」
話している間、兄はファミコンのコントローラーを手に取り、ボタンを押していた。
もしかして、やりたい?
そう言いかけて、やめた。
兄が納戸から出ていき、おれはダンボール箱に詰め込む作業を再開した。
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
東京都墨田区。
両国国技館から歩いて、歩いて、歩いて、歩いて……30分ほど歩いたところにあるマンションの一室が、おれの住処だ。
仕事は、アニメの脚本家。
歴はそこそこ長いが、有名ではないし、誰もが知っているような代表作もない。
ピンキリで言ったら、ちょうど真ん中の『ンキ』くらいだった。
そんな46歳独身男性が住む1DKの部屋は、マンガやプラモやフィギュアやゲームが所狭しと並ぶ、まさに独身貴族の夢の部屋であった。
もちろん、この夢の部屋が女性にまったくもってウケが良くないことぐらい知っている。
だが、恋愛・結婚方面を半ば諦めている46歳にとっては、異性にどう思われるかなんてことは二の次、いや、五の次だった。
2日前に実家から自分宛てに出した荷物が届き、早速開封した。
微かに実家の匂いがしたような気がしたが、すぐにわからなくなった。
テレビ台の上の37インチ薄型テレビを横へずらし、空いたスペースに赤いブラウン管テレビを置いた。
意図せず並んだ新旧二つのテレビ。
不思議とブラウン管テレビに古臭さは感じなかった。むしろ堂々としていて、風格さえ漂っている気がした。
対して薄型テレビは、ブラウン管先輩に興味がないようで、横に並んでいることを気にすら留めていない様子だった。
現代っ子の薄型テレビくんには、昭和を駆け抜けてきたブラウン管先輩のすごさについて、あとでたっぷりと語って聞かせてやることにしよう。 ダンボール箱の中から、ファミコンとRFスイッチを取り出した。
ペンチを用意して、少し緊張しながら設置作業を開始したのだが、予想に反してあっさりと完了してしまった。
ファミコンを買ってもらった当時は、設置作業をすべて父にやってもらっていて、テレビのアンテナ線をRFスイッチに繋いだり、ケーブルをテレビの背面に接続したりする姿が、とても頼もしく、物凄く格好良く見えたものだった。
しかし、今こうしてやってみると、難しいことなど一つもなかった。きっとあの頃の父も、片手間にちょいちょいとやっていたのだろう。
まぁ、当時は小学2年生だったし、大人は全員、『スゴイ人』だった。
まずはブラウン管テレビの動作確認から。
頼むからついてくれ!
祈りながら、電源のつまみを引っ張った。
ぶーん ざざざー
画面に白と黒の砂嵐が映し出された。
よかった、とりあえず壊れてはいないようだ。
それにしても……懐かしいな、砂嵐。
あまりにも懐かしすぎて、しばらくの間、砂嵐に見入ってしまった。
よくよく考えてみると、この砂嵐ってなんなんだろう?
気になったときが調べどき!
おれはすぐさまスマホで検索してみた。
≪砂嵐は、スノーノイズとも言い、テレビが受信できる映像信号がないとき、そこかしこに漂う熱雑音(微弱な電波)を拾って増幅し、白黒のノイズとして映像化している状態で、『映像の抜け殻』とも呼ばれている≫
へー。砂嵐にそんな意味があったなんて。知らなんだ。
てか、スノーノイズとか、映像の抜け殻とか、異名がカッコイイな。
いつかシナリオで使おう。
おっと。
あまりの懐かしさに、思考が脱線してしまった。
今日のメインはブラウン管テレビくんではないのだ。
おれは、ダンボール箱の中から黒くて四角いACアダプターを取り出した。
ACアダプターは、ファミコンへ電気を送るためのものだ。
四角くて硬いだけでなく、ちょっとした重さもあったので、あやまって足の上に落とそうものなら、痛すぎて声が出ないほどだった。
そういえば、このイカツくて黒い四角の中には、なにが入っているんだろう?
この大きさは、絶対に必要なのだろうか?
気になったときが調べどき!
早速スマホで検索してみた。
≪ACアダプターとは、商用電流であるAC(交流電流)を、電子機器を動かすためのDC(直流電流)に変換するための装置で、内部にはヒューズや電解コンデンサーやトランジスタなどの精密機器が入っている≫
うんうん、なるほど。よくわからん。
でも、このイカツいデカさは必要なのだということはよくわかった。
仕組みはチンプンカンプンだが、とにかくACアダプターさんがいてくださるおかげで、我々はゲームを楽しむことができるのだ。
ありがとう、ACアダプターさん!
おっと。
また脱線してしまった。
本題を進めねば。
おれはACアダプターさんをコンセントに挿した。
テレビのつまみを回して、チャンネルを1に合わせる。
動作確認として、まずはカセットを入れずに、ファミコンの電源スイッチを入れてみた。
砂嵐だった画面が、青に変わった。
よかった。
ファミコン本体にも電気がちゃんと通っているし、映像ケーブルも問題なさそうだ。
おれは、一旦ファミコンの電源を切って、カセットを選ぶことにした。
さて、三十数年ぶりのファミコン、なにから遊ぼうか。
ワクワクしながら、カセットの入った箱へ手を伸ばそうとしたとき、スマホが鳴った。
見ると、現在シナリオ制作で関わっているアニメ『ワンダーボーイ&オーディナリーガール』のプロデューサーの名前が表示されていた。
おれは、嫌な予感を覚えながら、電話に出た。
「はい、もしもし?」
『あ、出た! よかった~。小野寺さん、今、大丈夫?』
「はい、大丈夫ですけど……なんでしょう?」
『あのさ、今お願いしてる、『ワンオディ(ワンダーボーイ&オーディナリーガールの略)』の第14話のシナリオに、主人公トラオのお兄ちゃんを登場させてほしいのよ』
「え、お兄ちゃんですか? そんな感じの展開では、まったくないんですけど……」
『わかってる! わかってるんだけどさ、ここら辺でもう一回お兄ちゃん出しとかないと、後半で出てきたときに、急にまた出てきた感が出ちゃうじゃん? だから、なんとかねじ込んで!』
「ねじ込んでと言われても……登場させる理由は、どうするんですか?」
『そこも合わせて考えてみてよ~。あ、言わずもがなだとは思うけど、パッと出しゃいいってことじゃないんでね。ちゃんと出る意味もほしいし、セリフもそれなりにほしいんで。それじゃ、よろしく!』
おれは、通話の終わったスマホの画面を、しばらくみつめた。
まただ……。
こういう面倒ごとは、いつも おれに回ってくる。
それは信頼の証なのかもしれないが、面倒なことに変わりはない。
早速、胃がキリキリし始めたし……。
てか、まったく登場予定のないキャラクターを、どうやって登場させるんだよ?
登場させたところで、なんの話をさせりゃいいんだよ?
「あ~、面倒くさい。あ~、やりたくない。あ~、考えたくない」
その瞬間、おれの心の奥底にある『エモーショナル・スイッチ』が、現実逃避モードに切り替わった。
説明しよう!
おれは現実逃避モードになると、心が落ち着いて穏やかになる代わりに、思考回路がシャットダウンされ、なにも考えられない状態になるのだ!
おれはスンとした状態で、再びファミコンのカセットに手を伸ばした。
そのとき、カセットではないものが、手に触れた。
見ると、それは二つ折りにされた紙だった。
ノートから切り取ったらしく、側面がギザギザになっていた。
なにかのゲームのパスワードを書いた紙かも。
そんなことを思いながら、紙を開いた。
紙の真ん中に小学生の拙い文字で、こう書かれていた。
『どの選択肢を選んだとしても、正解』
ん?
なんだ、これ?
どういう意味だ?
ゲームのヒントにしてはザックリしすぎているし、どう見てもパスワードではないし……。
きっと、なにかのメモが、間違って紛れ込んだだけだな。
おれは、特に気にせず、その紙を箱に戻した。
そのとき、黄色いカセットが目に留まった。
それは、『スーパーマリオブラザーズ』だった。
☆★カセット補足情報のコーナー★☆
『スーパーマリオブラザーズ』は、1985年(昭和60年)9月13日に任天堂から発売された、横スクロール型のアクションゲームである。
クッパにさらわれたピーチ姫を、配管工のマリオが助けに行くというストーリーだ。
初期の頃のファミコンは、似たようなステージを繰り返すだけというゲームが多かったが、スーパーマリオブラザーズは、全ステージが異なり、雲の上のステージや、水中のステージなど多彩で、多くの子どもたちがワクワクドキドキハラハラしながら楽しんだ。
当時ファミコンを持っている人は、必ずと言っていいほどにスーパーマリオブラザーズを持っており、むしろ、持っていない人をみつけるほうが難しかった。
全世界で、4000万本以上売れたと言われている。
まさに、キング・オブ・ファミコンだ!
☆★カセット補足情報のコーナー おわり★☆
「やっぱり、三十数年ぶりにやるファミコンは、最初に買ってもらったスーパーマリオブラザーズだよな」
そう呟きながら、おれは『スーパーマリオブラザーズ』のカセットを手に取った。
長年、納戸の奥で眠っていたおかげか、カセットの状態がすこぶるいい。
綺麗だし、表面のシールも色褪せずにそのまま残っていた。
改めて、カセットに貼られているイラストを見てみた。
こんなにマジマジと見たことはなかったかもしれないが、この絵、なかなかすごい。
中央でキノコを持ってジャンプしているマリオの躍動感もいいし、中世ヨーロッパ風のお城の中から飛び出すクッパのボス感、助けを求めるピーチ姫、クリボーやノコノコなどのコミカルなキャラたちなどなど、この絵一枚だけで、世界観やストーリーをすべて感じることができる。
開発者でディレクターの宮本茂さんの先見の明やセンスをバシバシと感じる……すごいなぁ。
「あ~、箱とか説明書を、ちゃんと残しておけばよかったなぁ。
まったく覚えていないが、たぶん捨てちゃったんだろうなぁ。
綺麗に取っておいてたら、プレミア価格が付いたかもしれないのになぁ……」
おっと。
三十年以上前のことを後悔しても意味がない。
早速、プレイしてみよう。
まずはカセットの接続部をふぅーっと吹いて……と、やりそうになって、慌ててやめた。
どこかの記事で読んだ内容を思い出したからだ。
当時の子どもたちは、カセットの接続部に息をふぅーっと吹いて、埃を払ってからファミコン本体に差し込んでいたのだが、息を吹いたときに唾が飛んでしまうことによって、カセットの接続部分が錆びたり、劣化したりする原因になっていたそうだ。
ふぅ、危ないところだった。
直前で思い出すことができてよかった。
しかしながら、おれはさっき、完全に無意識で、カセットに息を吹きかけようとしていた。
三十数年ぶりだというのに、体は完全に覚えていた。
三つ子の魂百までというのは、こういうことなのかもしれない。
目視でカセットの接続部が汚れていないことを確認し、ファミコンの本体に差し込む。
カセットの接続部が、本体の接続部に入っていく際の、硬くもなく、柔らかくもない、独特の感触が懐かしい。
さて、セット完了。
ちゃんと動いてくれるだろうか?
多少緊張しながら、おれはファミコンの電源を入れた。
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
■1-2: 何事も初期から知っている人の方が格上だ。最新を知ってるからと粋がるな
14インチのブラウン管に、『SUPER MARIO BROS.』と書かれたオープニング画面が映し出されている。
「おお! キレイに映ってんじゃん!」
そう声に出して言ったとき、多少の……いや、物凄い違和感があった。
おれの声って、こんなに高かったっけ?
「うるせぇな。キレイに映るに決まってんだろ。買ってもらったばっかなんだから」
急に隣から声がして、驚きながら横を見た。
なっ!? 小学生の男の子がいる!
独身貴族の おれの家に、なんで小学生男子が!?
でも……この子、知ってるぞ?
誰だったっけな……。
そう思った1秒後、おれは思い出した。
「にっ、にいちゃん!?」
そう。 隣にいた男の子は、小学生の頃の兄だった。
「うるせぇなぁ。でけぇ声だすなって言ってんだろ」
「な、なな、なんで小学生に戻ってんの? てか、なんでうちにいんの!?」
「はあ? なに言ってんだ、おまえ? 自分ちなんだから、いて当たり前だろ」
兄は、奥さんと子どもと一緒に実家に戻り、今は父と二世帯で暮らしている。
それなのに、なんで東京の おれの家を自分ちだなんて言ってるんだ?
そもそも、なんで小学生に戻ってるわけ?
まさか! 某名探偵のように、悪い奴らに謎の薬を……んなわけないか。
ふと、あることに気付いた。
座っている自分の視点が、低い。
台に乗っているテレビの画面が、少し見上げる高さにある。
電源を入れる前は、ほぼ水平の位置に画面が……
って!
えっ、なんで!?
ない!
テレビがないっ!
薄型テレビがなくなっている!!
「テ、テレビがないっ!」
「あんだろーが、目の前に」
「違う違う! これじゃなくて、薄型の……」
おれは腕を広げて薄型テレビの大きさを表現しようとした。
そのとき、おれの視界に入ってきた自分の腕は、細くて、小さくて、つるつるだった。
なんだ、これ!?
なんで、こんなに小さいんだ?
これじゃあ、まるで子どもの腕みたいじゃ……
まっ、まさかっ!?
慌てて立ち上がり、部屋の鏡を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、小学2年生、7才の おれだった。
「な、な、な、な、なんじゃこりゃああああああっ!!」
慌てて辺りを見渡した。
教科書が出しっぱなしの散らかった学習机、無造作に置かれた黒のランドセル、本棚には背表紙の破れた図鑑と、巻数が揃っていないマンガたち、板張りの天井からは丸い蛍光灯の電気傘がぶら下がり、オンオフ用の紐の先端にはキン消し(キン肉マン消しゴム)のブロッケンJr.が拷問の刑に処せられているかの如くくくり付けられていた。
間違いない。
ここは、実家の おれの部屋……正確には、おれの部屋だった場所だ。
「な、なんだ、これ!?」
「うるせぇなぁ。さっきからなに言ってんだよ。もうはじめっぞ。おまえ、ツーコン。ルイージな」
「えーっ! にいちゃんズルい! ぼく、マリオがいいっ!」
「残念でしたー。もうはじめちゃってまーす」
ぼくはムスッとしながら、にいちゃんの隣に座った。
……あれ?
今、完全に小2の おれに戻ってた。
いったい、どうなってんだ……。
おれが戸惑っている間に、兄(10歳)はマリオを巧みに操作して、あっという間に1-1をクリアした。 そのまま続けて、1-2が始まった。
そうだ、思い出した。
ルイージがイヤだった理由。
自分の順番が、全然回ってこないからだ。
スーパーマリオブラザーズは、プレイ中のキャラがやられない限り、もう一人に順番が回ってこないのだ。
だから、最悪の場合、マリオが全クリするまで、ルイージに順番が回ってくることはないのだった。
マリオが好きだったわけでも、ルイージが嫌いだったわけでもなく、なかなか遊ばせてもらえないから、ルイージのツーコンが嫌だったんだ。
そんな弟の気持ちなどお構いなしに、兄のマリオはどんどん進んでいった。
地下ステージの1-2のゴールも、もうすぐだ。
「にいちゃん、にいちゃん、にいちゃん! さいごんとこ、上にいったら、わーぷぞーんだよ!」
「うるせぇな。んなこと知ってるよ」
「どこまで行く? やっぱ、いっきに4めん? それとも、あえての3めん?
ここ! このブロックの上だよ、にいちゃん!」
ぼくは画面を指さしながら言った。
しかし、にいちゃんのマリオは、まっすぐ土管に入り、地上に出て、ゴールした。
「えーっ! なんで!? なんでわーぷぞーん行かないの!?」
「うるせぇなぁ。いいだろ、別に」
ぼくは「せっかくおしえてあげたのに……」と、ぶつくさ言いながら、にいちゃんの隣で口をとがらせた。
そうだ、思い出した。
兄は、そういう人だった。
ワープとか、ショートカットとか、そういう感じの裏技は一切使わず、地道に一つ一つクリアしていくのが好きな人だったんだ。
大人になった兄も、そういう部分がある気がする。
高速道路を使わずに下の道を時間をかけて行ったり、カーナビを使わずに看板だけを見て進んで行ったり。
お金を使うのが嫌なんだろうなと思っていたが、どうやら子どもの頃から、じっくり進んでいくのが好きだったようだ。
ワープやショートカットが大好きな おれには、兄の気持ちがよくわからなかった。
兄のマリオは、1-4のクッパ城を突き進み、ついにクッパの前までやってきた。
だが、途中で炎のバーに当たってしまい、マリオはチビマリオの状態だった。
クッパは、火を吐きながらジャンプし、前後にも動いている。
チビマリオの状態でクッパを倒すには、クッパの後ろにある斧を取って、橋を落とすしかなかった。
「にいちゃん、どうするの? チビマリオ、クッパとびこえられる?」
ぼくは、すっかり絶望的な気持ちになっていた。 でも、にいちゃんはそのとき、ニヤリと笑った。
「いいから黙って見てな」
にいちゃんは、コントローラーをグッと握り締めた。
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
■1-3: 攻略法は一つじゃない。どんな手段を使おうが自由なのだ
兄のチビマリオが、クッパに挑もうとしている。
ぼくは、『チビマリオじゃあ、かてっこないよ……』と、すっかり諦めていた。
それは、一瞬だった。
クッパがジャンプをした瞬間、にいちゃんのマリオはダッシュして、なんとクッパの下を通って、斧までたどり着いたのだ!
「すげぇ! にいちゃん! すっげぇ!」
「ま、これがプロの技ってことよ」
にいちゃんは、額にうっすらと汗をかきながらも、余裕な表情で斧を取り、クッパをマグマへと落としたのだった。
そして、マリオが先へ進むと、そこにいたのはキノピオだった。
この展開は、もう何回も見ていて知っているはずなのに、そのとき、にいちゃんはこう言った。
「くそっ、ピーチ姫じゃなかったのか。どうやら、別の城を探すしかなさそうだ」
おれは、兄の言葉を聞いて、ハッとした。
兄は、ワープやショートカットが嫌いだから、使わなかったわけではないのだ。
マリオと一緒に冒険をしていたのだ。
スーパーマリオブラザーズというテレビゲームを遊んでいたのではなく、マリオと一緒にクッパと戦い、そしてピーチ姫を救出するという冒険を、兄はしていたのだ。
スーパーマリオブラザーズにはシナリオがない。
マリオにもルイージにも、セリフがない。
でも、あったんだ。
マリオたちのセリフは、自分たちの脳内で再生されていたんだ。
ストーリーを自分で考えながらプレイすることで、マリオやルイージと一緒に冒険することができたんだ。
そうだ、思い出した。
おれは、こんな風にゲームを楽しむ兄の姿を見ていたから、自分でも頭の中でマリオやルイージやクッパのセリフを考えながらゲームをするようになったんだ。
もしかしたら、おれの現在の職業であるアニメの脚本家へと繋がるベースは、兄と一緒に遊んでいた、このスーパーマリオブラザーズにあったのかもしれない。
自分の頭の中で物語やセリフを考えながらゲームをすることが、おれの物語作りの原点なのかもしれない。
「うわぁ、ミスった~。くっそ、3-3でやられちまった。
コトナリ、おまえの番だぞ」
「うん」
ぼくはルイージを動かして、どんどん突き進んでいった。
「お、うまくなったじゃん」
にいちゃんが感心して言った。
そりゃそうだよ。
だって、見た目は7才だけど、中身は46歳だからね!
あっという間に、1-2の終盤へやってきた。
ぼくは、ワープゾーンへは行かず、そのまま土管に入ってゴールをした。
「あれ? なんでワープしなかったんだよ?」
「わーぷなんかしないよ。これは、ぼくとルイージのぼーけんだからね」
ぼくがそう言うと、にいちゃんは、ただニヤリと笑った。
それから、ぼくと にいちゃんは、2面、3面、4面……と、一つ一つクリアしていった。
いつしか ぼくは、にいちゃんと マリオと ルイージの4人で冒険しているような気がして、なんだかずっと、ワクワクし続けていた。
「あ、そうだ。にいちゃん、知ってる? このレンガって、キノコ王国の住人たちなんだよ」
「は? んなわけねーだろ」
「ほんとだって。クッパの魔法でレンガにされちゃってんだよ。その魔法を解けるのが、ピーチ姫だけだったから、クッパに誘拐されちゃったんだ」
「ほんとか、それ? だったら、マリオが壊しちゃってんじゃん、住人たち」
「あれは壊してるんじゃなくって、解放してるんだよ。助け出してるの。だから、そのお礼として、キノコとかコインとかをもらってるんだ」
「へぇ……って、ほんとか? 聞いたことねぇけどな、そんな話」
「ほんとだって。スマホでググってみなよ。ウィキペディアに書いてあるから」
「すまほでぐぐ? うぃきぺ……なんだ、それ?」
「なにって、そりゃ……あっ!!」
しまった!
この時代、まだスマホなんてものは、影も形もないんだった!
この時代にないモノの話をしてしまったら、タイムパラドックスが起こって、大変なことになってしまうかもしれない! たぶん! きっと!
……う~ん、実際のところ、どうなっちゃうんだっけ?
SFは好きだけど、タイムトラベル関連は、あんま詳しくないんだよなぁ。
今後、アニメで出てくるかもしれないし、しっかり勉強しておかねば……。
とにかく! 今の時代にないモノの話をするのは、よくないはず!
なんとか誤魔化さなくては!
「あー! にいちゃん、説明書読んでないんでしょ! あそこに全部書いてあったのにー!」
「まじで? それより、さっきのはどういう意味なんだよ。すまほなんちゃらとか……」
「そ、そんなことより! 説明書は読んだ方がいいって! 絶対に! 今すぐに!!」
「うるせぇなぁ。わかったよ。読みゃいいんだろ」
にぃちゃんはストップボタンを押して一時停止すると、スーパーマリオブラザーズの箱を開けて、説明書を取り出した。
「あっ! 箱っ! まだあるじゃん!」
「そりゃ、あるに決まってんだろ」
「この箱と説明書、捨てちゃだめだからね! 絶対! ゼッタイだからね!」
「ああ……って、どっちかっていうと、こういうのを壊すのは、おまえだろ」
「う……言われてみれば、たしかに」
兄に言われて、ぼんやりと思い出した。
マリオの箱を片付けずに出しっぱなしにしたせいで、踏んで潰してしまったことを。
そのときの感触が、足の裏に蘇った気がした。
「ごめん、踏んで……」
「は? まだ踏んでねーのに、なに謝ってんだよ」
「あ……これは、その、先に謝っておこうと思って」
「なんだ、それ? 謝るくらいなら、踏まないように注意しろ」
「ごもっともです」
「ごもっとも? おまえ、なんか今日ヘンだな。言葉づかいとか」
「べ、べべ、別にヘンじゃないよ! いつも通りだし!」
そのとき、部屋のドアが開いた。
「なに? またケンカ?」
エプロン姿の母が立っていた。
「ケンカするようなら、ファミコンは禁止にするからね」
「違うし! ケンカしてないし! な、コトナリ!?」
「……え? あ、うん。してないよ」
兄の問い掛けに、ぼくは慌てて答えた。
ぼくは、久し振りに会えた母を、思わずみつめてしまった。
「どうしたの、こーちゃん? お母さんの顔、なにか付いてる?」
「う、ううん、なんでもない」
「わかった! お母さんが可愛すぎて、見惚れちゃってたんでしょ~! も~、こーちゃんってば、おませさんなんだから~」
「ち、ちがうもん! 見てないもん!」
ぼくは慌てて否定した。
そうだった。
母は、こういう冗談を言う陽気な人だった。
「そんなこと言ってる場合じゃなかったわ。ほら、ごはんできたわよ。早く来ないと食べちゃうからね」
そう言って、母は行ってしまった。
「じゃあ、今日はここまでってことにするか」
「えー。もうちょっとやろーよー」
「じゃあ、おまえやっていいよ。その代わり、おまえのぶんのおかずは食べちゃうけどな」
「いーもん。おかずなんかなくったって」
そのとき、ぼくのお腹がぐぅ~~~と鳴いた。
「おまえのお腹は、おかずがほしいってさ。ほら、いくぞ」
にいちゃんはそう言って、ファミコンの電源を切った。
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
■1-4: 夕飯時に住宅街を歩き、匂いだけで料理を当てる選手権に出て優勝したい
目覚めると、暗い部屋の中にテレビの砂嵐の音だけが聞こえていた。
隣に小学生の兄はいなかった。
ブラウン管テレビの横には、薄型テレビが並んでいた。
コントローラーを持つ手は、小学生の小さくてつるつるの手ではなく、おじさんのゴツくて可愛げのない手だった。
「……夢? おれ、夢を見てたのか?
夢にしては、やたらとリアルだったような気がするけど……」
おれはファミコンを見た。
電源を入れたところまでは、ハッキリと覚えている。
その直後、声が高くなって、手がつるつるになって、気付いたら実家の、それも おれが小学生だったときの部屋にいて……。
「うん、夢だ。夢に決まってる。
きっと、シナリオのことを考えるのが面倒くさすぎて、眠りの世界へ現実逃避してしまい、ファミコンの懐かしさもあって、小学生の頃の夢を見てしまったんだ」
おれはそう結論付けて、立ち上がろうとした。
その瞬間!
「いででででっ!」
背中に激痛が走った。
どうやら、ヘンな姿勢で眠ったせいで、背中を寝違えてしまったらしい。
あまりの痛みに、おれはその場に座り込んだ。
背中を擦りながら、おれはぼんやりと、夢の中とはいえ、久し振りに会うことができた母の姿を思い出していた――
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
◇◆登場人物紹介◆◇
●おれ
・小野寺 言成
・46歳
・アニメの脚本家(知名度はない)
・東京都内で独り暮らしをする独身貴族
・結婚願望がないわけじゃない。
ただ良い人にめぐり逢えなかっただけ。
・好きな漫画『あさひなぐ』
・好きな映画『ユー・ガット・メール』
・好きな歌手『チャゲアス』
・好きな食べ物、いなり寿司
・趣味、サウナ(サウナブームの前から好きだった)
●小2のぼく
・当時7才
・頭がよかったわけでも、足が速かったわけでもない。ごくごく普通の子だった。
・この頃は完全なる内弁慶で、家族や数人の友達以外とは、ほとんど喋ることもなかった。
・泣き虫でしょっちゅう泣いていた。
・学校でトイレ(大のほう)に行くことができず、帰り道で何度か漏らして泣いた。
・好きな食べ物は、目玉焼き。黄身よりも白身の方が好きだと言って通ぶっていた。本当は黄身も白身も同じく好きだった。
●小5のにいちゃん
・小野寺 努
・当時10才
・足が速くて鉄棒が得意な活発な子だった。
・勉強はまったくできず、母に怒られながら割り算を習っていた。
・当時から堅物で、面白いことを言ったり、おちゃらけたりするようなタイプではなかった。しかし、急に変な声で歌い出したり、友達の面白エピソードで家族全員を爆笑させたりと、天然な一面があった。
・無類の『よっちゃんイカ』(正式名称は『カットよっちゃん』)好きで、よく駄菓子屋で買って食べていた。
●母
・小野寺 花江
・当時35歳
・専業主婦
・料理が上手で、どんなものでも作ってくれた。
とくにジャガイモやニンジンがゴロゴロ入っている肉じゃがは絶品だった。
・家の中ではとにかく陽気な人で、歌ったり冗談を言ったりしていた。
でも、外ではいつもスンッとしていて、ふざけることはなかった。
・この頃、母がよく歌っていたのは、山口百恵の『さよならの向う側』だった。料理をしながら歌っていた母は、歌い終わると共に菜箸かお玉を置いた。あの頃は、母がなにをしているのかわからなかったなぁ……。
――第2面へ続く――
第2面へ続きます。
全11話です。
noteにも掲載しています。
noteの方だと、画像もたくさん載せています。
ゆっくりお読みいただけたら幸せです。




