秒速十一メートルの檻
月見野駅のホームに降り注ぐ桜の花びらを、私は忌々しげに肩から払い落とした。 世間一般では美しいとされるこの薄紅色の欠片も、私、一ノ瀬湊にとっては、制服にこびりつく厄介なゴミでしかない。 木造の古い待合室からは、カビと埃の匂いがする。時刻表の数字はスカスカで、次の列車が来るまであと十分もあるというのに、逃げ場はどこにもなかった。
「……また遅れてる」
手元のスマートフォンを見る。画面の中の東京では、分刻みで新しい情報が流れ、地下鉄が数分おきに人を吐き出しているというのに。ここだけ、時間の粘度が違うみたいだ。 遠くから、重低音の唸り声が聞こえてきた。風に乗って、焦げたような機械油の匂いが漂う。 カーブを曲がって姿を現したのは、柿渋色とクリーム色のツートンカラーに塗られた一両編成の箱。 私の最寄りを走るローカル線、天霧線だ。
キキーッ、と耳障りなブレーキ音を響かせ、巨大な鉄の塊が目の前で停まる。 プシュー、という気の抜けた音と共にドアが開く。私は整理券発行機から小さな紙切れを引き抜き、車内へと足を踏み入れた。
車内は、独特の空気に満ちていた。 何十年も使い古されたブルーのモケットシート。天井で気だるげに首を振る、「JNR」のロゴが入った扇風機。そして、染みついた灯油と油の匂い。 私は迷わず、車両の一番後ろ、進行方向左側のボックス席へと向かった。そこが私の指定席だ。 ドスン、と鞄を置く。硬い座面の感触がお尻に伝わる。 その瞬間、私はバッグから銀色のノイズキャンセリングイヤホンを取り出し、両耳に深くねじ込んだ。
スイッチを入れる。 フツッ、という電子音と共に、世界から音が消える。 前方で大声で話しているお年寄りたちの方言も、運転士の喚呼の声も、これから始まるディーゼルエンジンの爆音も、すべてが遠い彼方へと追いやられる。 代わりに流れてくるのは、洗練されたシティ・ポップ。東京のFMラジオで流行っている曲だ。 これが私の結界。この閉鎖的な田舎から、精神だけを切り離すための儀式。
ガクン、と大きな衝撃が来て、列車が動き出した。 窓の外の景色がゆっくりと後ろへ流れていく。 動き出しのこの重たさ。加速の鈍さ。まるで、この土地のしがらみが、車輪にまとわりついているようだ。
窓枠に肘をつき、私は頬杖をつく。 汚れた窓ガラスには、不機嫌そうな私の顔と、その後ろを流れる見飽きた田園風景が二重写しになっている。 水が張られたばかりの田んぼ。まだ色のない山並み。錆びついたトタン屋根の農機具小屋。 美大を目指す私の目には、この景色はあまりにも退屈で、彩りに欠けて見えた。
(……時速四十キロ)
スマホのGPSアプリが示す速度計をちらりと見る。 遅い。あまりにも遅い。 この天霧線は、三俣駅までの二十数キロを、一時間近くかけて走る。 その三俣駅から新幹線に乗れば、東京まではあっという間だというのに。この路線のせいで、私は世界から遠ざけられている気がしてならない。
ふと、窓の外、線路沿いの泥道を軽トラックが走っているのが見えた。 荷台には肥料袋が積まれている。運転席にいるのは、日焼けした老人の横顔。 祖父だ。 朝早くから田んぼに出て、泥にまみれて働いている。 私は反射的に視線を逸らした。イヤホンのボリュームを一つ上げる。 祖父が嫌いなわけではない。ただ、あの「土と共に生きる」という揺るぎない価値観を突きつけられると、自分が描いている夢が、とても薄っぺらいもののように思えて怖くなるのだ。
「そんな絵を描いて、飯が食えるんか」
昨夜、夕食の席で言われた言葉が蘇る。 食えるかどうかなんて分からない。でも、ここにいたら、私は私でなくなってしまう。 この窓枠は、美しい景色を切り取る額縁なんかじゃない。 私をこの、秒速十一メートルでしか進まない世界に閉じ込める、頑丈な檻だ。
列車が「ガタン、ゴトン」と継ぎ目を渡る振動だけが、骨を伝って響いてくる。 私は参考書を開くふりをして、またスマホの画面を点灯させた。 SNSのタイムラインには、東京のアートギャラリーの煌びやかな写真が流れている。 あと一年。 あと一年耐えれば、私はこの檻から出られる。 そう自分に言い聞かせ、私は窓の外の風景から逃げるように目を閉じた。
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