エピローグ
王宮の中庭にカーリンの賑やかな声がこだまする。
「こら、シルバ、そこは庭師のお仕事だから、勝手に草をむしらないの!」
シルバは尻尾をふりふりと揺らしながら、「くぅ~ん!」と全力で抗議の声をあげた。
「だけど、どうしてシルバは雑草だけむしって、器用にお花は残すんでしょう?」
「聖獣だから、としか言いようがないわね……」
エミリアは苦笑しながらシルバの頭を撫でた。耳のあたりをくすぐると、気持ちよさそうに目を細める。
シルバは住み慣れたミカエル領に置いてくるつもりでいたが、別れを告げたにもかかわらず、お得意の小型化で馬車に飛び乗り、エミリアたちと一緒に王都へやって来た。
ここへ来て二カ月が過ぎ、怯えて近づかずにいた王宮の人たちも慣れ、今ではすっかりマスコット的存在として親しまれている。
セルジュはレオナール専属の執事として、カーリンはエミリアの侍女として、ミカエル領にいた頃と同じように仕えていた。
主が不在となったミカエルには公爵のひとりが名乗りをあげ、新領主としてあの地を統治している。封印の谷と呼ばれるほど孤立した土地だったが、今では人の往来が増え、この王都とも密に連携を取っている状況だ。
不意に庭の芝を踏みしめる音が近づいてきた。レオナールだ。
「エミリア。今日は医療協定の件について相談が――」
彼が現れた瞬間、シルバは〝王だ!〟と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振り、全速力で突撃した。
「うわっ、シルバ、落ち着け! 書類が――!」
抱きつくようにじゃれつかれ、レオナールはぐらりと体勢を崩す。しかし顔には笑みが浮かんでいた。
「王宮に来てからというもの、シルバは元気が有り余っているようだな」
「それはもう、陛下がいらっしゃるたびに、毎回全力で歓迎しておりますからな」
芝の端から、セルジュが困ったような、しかしどこか誇らしげな表情で歩み寄ってくる。
「シルバにとって、陛下はご主人にして遊び相手。お姿を見れば、抑えきれぬ喜びが噴き出すのでしょう」
「いや、噴き出しすぎだろう」
レオナールは書類を片手に、白銀の獣に全体重で押し倒されそうになりながら、内心おかしさを隠せない。
エミリアは思わずくすりと笑ってしまった。
「シルバ、王様を倒すなんて不敬罪になっちゃうわよ?」
「くぅんっ!」
それでもシルバはお構いなしに尻尾を振り回し、レオナールのマントを引っ張って離さない。
セルジュは静かに咳払いをし、少しだけ声を潜めた。
「陛下。そろそろ午後の審議のお時間が迫っております。できれば、書類に牙の跡がつく前に」
「本当に、臣下の言葉とは思えぬ警告だな」
レオナールはついに苦笑し、シルバの首元をぽんぽんと叩く。
「ほら、ひとまず離れてくれ。あとで散歩に付き合う。ちゃんと約束するから」
その言葉に、シルバは〝ほんとう?〟と言わんばかりに首をかしげ、次の瞬間、ふわり舞って小型化してエミリアの腕に飛び乗った。
「わっ!」
思わず抱きとめたエミリアの胸元で、シルバは得意げに「くふん」と鼻を鳴らす。
「エミリア様同様、陛下のお言葉もちゃんと聞くのね」
「聖獣である以上、忠誠心は高いのでしょうな。ただ、テンションが制御できないだけで」
カーリンの言葉を受けたセルジュの真顔の発現に、場の全員が微妙に納得してしまう。
そしてレオナールは、ようやく整った服と書類を直しながら、エミリアに向き直った。
「……というわけで。医療協定の件、後ほどふたりで話し合おう。昼過ぎなら時間が取れる」
「ええ、楽しみにしています」
エミリアが微笑むと、レオナールの表情がやわらかくほどける。
「では少し仕事を済ませてくる。シルバ、今はエミリアを頼んだぞ」
「くぅん!」
王のその言葉に、腕の中の小さな聖獣は誇らしげに胸を張った。
中庭に小さな笑い声が広がる。
エミリアには、それはかつて呪いの闇に沈んだ青年が、今ようやく掴んだ平和の姿そのもののように見えた。
END




