新王の誕生⑦
その夜、王宮の一角に新しく整えられた王と王妃の私室には、やわらかな灯りが揺れていた。
エミリアは窓際に立ち、薄手のショールを肩にかけて外を眺めた。
王都の夜景は遠くかすんで見える。城壁の上には結界の光が帯のように走り、そのすべてが色づいたばかりの新しい時代を示しているようだった。
そっと深呼吸したそのとき、背後から静かな靴音が近づく。
「眠れないのか?」
振り向くと、レオナールが立っていた。
普段の王衣ではなく、ゆったりとした薄いシャツ姿の彼の銀髪を灯りが照らし、彼の雰囲気をいつも以上に優しく見せていた。
「いいえ。ただ、風が気持ちよくて」
エミリアが微笑むと、レオナールは歩み寄り、そっと彼女の肩に両腕を回した。
「いい一日だったな」
囁く声は、いつにも増して穏やかだ。
「はい、とっても素敵な日でした」
そう答えながら、エミリアはゆっくりと目を閉じた。
(あの広間の光景は、きっと一生忘れないわ)
王冠が彼の頭に降ろされた瞬間、空気が変わった。
胸が震えるほどの歓声の中心で、レオナールは誰よりも凛々しく美しかった。
(みんなの声が、まるで祝福の風のようで……)
不意に視線を交わしたときの、あの小さな微笑みを思い出すだけで胸が熱い。
王として歩むと強く宣言した瞳は恐れなど少しもなく、その視線の先にエミリアを捉えてくれていた。
民も騎士も貴族も、誰もが新しい王を讃えたが、その中で自分だけに向けられた一瞬の眼差し。なによりそれが誇らしく、嬉しかった。
(王妃としてではなく、ひとりの妻として――)
あの一瞬一瞬のすべてが愛おしくて、胸がいっぱいになる。
そっと小さく息を吐き、エミリアはレオナールの胸元へ頬を寄せた。
「レオナール様が王になった日なのに」
「ん?」
「一番幸せなのは、きっと私です」
小さな声で告げたその言葉に、レオナールの腕が少し強く回される。
「それでいい。今日という日を一番近くで喜んでくれるのはキミであってほしい」
その声はとても優しかった。
窓の外では夜風がそよぎ、結界の光が揺れている。
国が新しい時代を迎えたその夜、エミリアの胸にもまた、新しい未来へのたしかな温もりが生まれていた。
「……ありがとうございます。本当に幸せ」
そう呟いたエミリアの髪に、レオナールはそっと唇を寄せた。
そして、小さく息を吐くように言葉を落とす。
「まだ、だ」
「え……?」
「キミを幸せにするのは、これからだ。今日の幸福がはじまりになるように、私は一生をかけて、キミを幸せにし続ける」
静かな囁きは、王の宣誓にも負けないほど力強かった。
「民のために剣を掲げる。国のために智慧を尽くす。だが、キミのためなら私のすべてを差し出せる」
エミリアの肩に添えられた指に、少しだけ力を込められる。
「王として過ごす日々が、どれほど厳しくとも構わない。キミがそばにいてくれるなら、私は何度でも立ち上がれる」
「レオナール様……」
嬉しい言葉の数々に声が詰まる。
見上げると、彼の瞳が真っすぐに自分だけを見つめていた。
その視線に触れた瞬間、胸の奥が熱く震える。
「エミリア」
名を呼ぶ声は、優しさと熱を孕んでいた。次の瞬間、レオナールの手がそっと彼女の頬を包む。まるで宝物に触れるような動作だった。
「愛している。言葉で足りるものかわからぬが、それでも伝えたい」
息が触れ合うほど近くで、低く囁かれる。
「これからの人生すべてを使って、何度でも言う。何度でも証明する。キミは私の選んだ人だ、と――」
言葉の続きを唇で塞ぐように、レオナールが顔を傾けた。
触れた唇はとても静かで、ひどく甘かった。
外を吹く風のざわめきも、結界の輝きも、遠くに消えていく。
長い口づけののち、彼はそっとエミリアの額にもキスを落とす。
「これからよろしく、私の愛しい王妃」
「はい、こちらこそ。私の愛する陛下」
彼の腕に包まれたまま、エミリアは静かに目を閉じる。
その夜、エミリアは初めてレオナールの隣で眠りについた。




