新王の誕生⑥
一カ月後――。
王宮ではレオナールが正式に王位を継ぐ儀式が執り行われようとしていた。
普段とはまるで表情を変えた大広間には王座まで深紅の絨毯が真っすぐに敷かれ、天井からは無数の灯火が垂れ下がっている。その光は揺れることなく輝き、新たな王を祝福するかのようである。
エミリアを含めた王族の席、神官、貴族院、騎士団、そして城下から選ばれた民の代表たちすべての視線が、大扉が開かれるときを今か今かと待ちながら見つめている。
そうしていよいよ、扉が静かに音を立てた。
足音がひとつ、響く。
ゆっくりと歩みを進めるのは、レオナールである。呪いに縛られていた彼の姿はもうない。
黒を基調とした式服に王家の紋章が織り込まれ、肩には薄く銀糸が光る。陽光に似た金のマントが揺れ、ひるがえるたびに光を散らした。
民衆側の列に立つ者たちが、息を呑んだ。
「あれが、新しい王……」
「なんと……!」
感嘆交じりの声は、憧れを含んだ納得だった。レオナールは、〝この者こそ、我らの王に相応しい〟と自然に思わせる気配を纏っている。
その彼が玉座の前まで進み、跪いた。
儀式を取り仕切るのは神官長である。王家と神殿が再び協力関係を結ぶという、新たな意味を持ってここに立っている。
「この王冠は、モルテン王国の守護を継ぐ者にのみ戴くもの。国を治める力と、民を導く覚悟を持つ者へ――」
神官長が王冠を持ち上げる。
三つの宝石――紅、蒼、白――が鈍く光る。それは歴代の王を象徴する色であり、剣と智慧、そして民の平和を意味している。
その王冠が、レオナールの頭上へと降ろされる瞬間、エミリアの心臓はひと際大きく高鳴った。
(……この人はもう、呪われた王子じゃない)
冠が彼の銀髪に触れたとき、空気が変わった。広間のすべての人間が、自然と膝をつく。
静寂ののち――
「王に、万歳を!」
騎士団長のエリオットが声を上げた。
「万歳! 万歳!
」
それは波紋のように広がり、やがて大広間全体を揺るがすほどの歓声となった。
レオナールはゆっくりと立ち上がる。視線は集まった人々に真っすぐに向けられ、噛みしめるように言葉を紡いだ。
「私はレオナール・アルタミラ。いずれの日も、この国と民を守るために歩むと誓おう。 光が弱まるときは光を掲げ、闇が迫るときは剣となる。そのすべてを私の名にかけて」
王としての覚悟と、かつて闇に囚われた男の強さ、その両方を併せ持った高らかな宣言を誰もが息を呑んで聞く。
観衆のなかで、ひとり静かに涙ぐむ者がいた。セルジュである。
彼の肩越しにカーリンが小声でささやく。
「殿下が……いえ、陛下が……」
「……ああ」
エミリアはその様子を見ながら、ふと胸に手を当てた。
この王国の未来はまだはじまったばかり。
だけど、あの背中を信じて歩けば、迷うことはない。そんな確信が、温かく胸に灯る。
玉座に座ったレオナールがわずかに目を細め、こちらを見た。
誰にも気づかれないほどの小さな微笑みを送ってよこす。エミリアはそれだけで胸が熱くなった。
王レオナールと、その妃エミリア。
光を取り戻した国の、新たな物語が静かに幕を上げた。




