新王の誕生④
二週間後の昼下がり、ミカエル領の城門に王都の紋章を掲げた馬車が近づいてきた。
「誰かしら……」
上階から窓の外を眺めていたエミリアが呟くと同時に馬車が停まり、悠々とした姿のエリオットが姿を現した。
少しやつれたように見えるのは、ルーベンとバネッサの一件があったせいだろう。王不在の今、エリオットはその処理に追われていると風の噂で聞く。
しかし、その瞳には確固たる決意が宿っていた。
レオナールとエミリアが出迎えると、エリオットは深く一礼した。
「急ぎ、お伝えせねばならぬことがあって参上しました」
応接室に移動し席につくと、エリオットはきゅっと口を結び、少し躊躇ってから口を開いた。
「まずは陛下のことです」
「その前に、いつものように話してくれ。調子が狂う」
レオナールは、丁寧な言葉で話すなと言いたいのだろう。エリオットは「それじゃ、遠慮なく」と言って続けた。
「ルーベン陛下は命こそ取り留めたが、依然として深い昏睡状態にある」
エミリアの胸がつまるように痛む。
レオナールの顔に走ったわずかな影は、すぐに静かな表情へと戻った。
「……そうか。目覚める望みは?」
「治療師たちによれば、時間がかかる可能性が高いということだ。目醒めないまま、永く臥した状態になるかもしれないと。……まぁそれ以前に、レオナールに呪いをかけた罪で王に返り咲くのは当然ながら無理だろうがね」
重苦しい沈黙が落ちる。
エミリアの胸には冷たい痛みが走った。
ルーベンの罪は重い。しかし彼が最後に見せた兄としての姿は、エミリアの中にたしかに残っていた。
あの瞬間、彼は弟を守ろうとした。呪いを断ち切るために、自らを犠牲にした。
それが赦しのすべてではないとわかっていても、彼の行動が無意味だったとは思いたくない。昏睡という言葉は、まるでその思いを否定するように響いた。
レオナールの表情に一瞬走った影を見て、エミリアは彼の心にも同じ痛みがあることを感じた。
それでも彼は、静かに受け止めていた。
エミリアもまた、胸の痛みをそっと抱えながら、ルーベンの選んだ最後の道がほんの少しでも報われることを願わずにはいられない。
エリオットは姿勢を正し、次の言葉を絞り出した。
「ルーベン陛下のご不在により、国は宙ぶらりん。王族、貴族院、神殿の代表たちによる協議が行われ――」
そこでいったん言葉を止め、エリオットはレオナールを真っすぐに見つめた。
「レオナール殿下。王位は、あなたが継ぐべきだという結論に至った」
エミリアの思考は一瞬止まった。
(……レオナール様が、モルテン王国の王に?)
第二王子として生を受けた彼なら、そのような話が出てもおかしくない話ではある。
しかしエミリアは、その可能性が頭からすっかり抜けていた。この地での生活に慣れきっていたせいか。レオナールは、前国王アルフォンスの血を受け継いでいるのだ。
突然の話に驚くエミリアに反して、レオナールは動揺の色を見せない。ただ、静かに事実を受け止めているように見えた。
「……兄、ルーベンの代わりに、私が王位を預かるというわけか」
「預かるというより、正式な継承となる見込だ。国を導く者が不在のままでは混乱が広がるばかりだからね」
エリオットはそこで表情を曇らせた。
「ただし、その前に大きな課題がある」
「結界のことね?」
ピンときたエミリアが先に口を開くと、エリオットは真剣な面持ちでうなずいた。
「陛下が神殿との関係を断ってからというもの、各地の結界が弱まっていることは殿下もすでにご承知のこと。王都を守る大結界も、いつ崩れてもおかしくない状態だ」
レオナールは眉根を寄せた。
「もし崩れれば、王都は闇に呑まれる」
「だからこそ――」
エリオットは深く頭を下げた。
「どうか、おふたりの力を貸していただきたい。王家の血を引く殿下と、聖女であるエミリア様。おふたりの力失くして、結界の修復は不可能だ」
レオナールを見ると、その瞳に迷いはなく、強い光が宿っていた。
「王位継承についてはすぐに返事はできないが、結界の修復はすぐにでも向かおう」
彼の言葉にエミリアも強くうなずく。
「私の力でよかったら、惜しみなく注ぎます」
ふたりの答えに、エリオットの肩から緊張が抜けていく。
「どうか、よろしくお願いします」
レオナールは、深く頭を下げたエリオットと固く握手を交わした。




