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新王の誕生③

 その夜、城内は明るい賑わいに包まれた。

 厨房ではカーリンが腕まくりをし、料理人を半ば叱咤しながら次々と皿を運ばせ、セルジュは珍しく上機嫌で酒樽を抱え、数少ない城の者ひとりひとりに杯を配って回っていた。


「殿下の呪いが解けたとなれば、このくらいで済ませるわけにはいきませんからね!」

「ほらカーリン! こっちはまだ焼き上がってないぞ!」

「もうっ、おじい様も手伝ってよ!」


 そんな掛け合いに皆が笑い、音楽が響き、暖かい灯が広間を満たしていく。

 おいしい料理に舌鼓を打ちながら、レオナールと微笑み合う。穏やかな時間を過ごしながら、エミリアは心が幸せで満ちていくのを感じていた。

 

 夜が更けて宴が終わり、エミリアが部屋に戻って肩の力を抜いたときだった。

 扉が遠慮がちに叩かれた。


「エミリア……ちょっといいか?」


 扉越しにレオナールの落ち着いた声が響き、エミリアは急いで立ち上がった。

 夜遅く、彼がエミリアの部屋を訪ねたことはこれまで一度もない。なんとなくソワソワしながら扉を開ける。


「はい」


 灯火に照らされた彼は、夜の静けさを纏って立っていた。

 銀色の髪は揺れる炎に淡く照らされて、絹のような光沢を帯びている。口元にかすかに笑みを浮かべているが、どことなく緊張しているようにも見えた。


「遅い時間にすまない」

「いえ。どうかなさいましたか?」

「少し……話をできないか?」


 遠慮がちに尋ねる瞳が揺れ、それにつられるようにエミリアの鼓動も乱れる。


「は、はい、もちろんです」


 扉を大きく開け、彼を招き入れた。


(こんな時間に話ってなにかしら……)


 どこか浮足立った気持ちでソファを勧める。


「お茶を用意してもらいましょうか?」


 そう口にしたのは礼儀のつもりだったが、実際にはなにかしていないと落ち着かない心を誤魔化すためだった。

 レオナールの訪問は予想外で、しかもこの時間。理由を尋ねる前に、彼の瞳の揺らぎや扉の向こうで待っていた気配が胸に残って離れない。

 大切な話があるのではという予感が、静かに膨らんでいた。


「いや、必要ない。ここへ座ってくれ」


 レオナールが隣のスペースを手で指し示したため、エミリアはおずおずとそこへ腰を下ろした。


「エミリア」


 名を呼ぶ声音が覚悟を帯びている。


(――もしかして、この婚姻は無効だと言うつもりなのかも)


 エミリアにとってもっともよくない予感が胸をかすめた。

 モルテン王国が今後どうなっていくのかわからないが、ルーベンは王の座には留まっていられないだろう。となればレオナールが、過去の王命に従う必要はなくなったと考えても無理はない。

 エミリアは膝の上で両手をぎゅっと握った。


「今日まで私は、王命の元にキミを〝妻〟と呼んできた。この婚姻は兄であるルーベンが定めたものだ。だが、もうその縛りはない」


 エミリアの予感は当たったも同然の言葉だった。


(やっぱりそうなのね……)


 鋭い刃で胸を貫かれたような感覚だ。彼の顔を見られず、エミリアは握りしめた自分の手を見つめた。


「だが、もう違う。呪いも王命も、なにもかも取り払われて……今はただの私だ。ひとりの男として、キミの前にいる」


 不意にレオナールの手が、エミリアの手に重ねられた。

 はっとして顔を上げる。


「エミリア、キミがこの城へ来てから、私の世界は初めて色づきはじめたんだ。これからもキミと生きたい。愛するキミと未来を築いていきたいんだ」


 想像していたものとは真逆の言葉に息が止まる。目を見開き、レオナールを見つめた。


(……今、愛してるって……そう言ったの?)


 耳を疑わずにはいられない。


「私に、キミの〝夫〟になることを許してくれないか?」


 一点の揺らぎもなく静かに告げられた。

 胸の鼓動が一気に早まる。

 レオナールの手がエミリアの頬に触れた。しわがれた老人の手ではなく、若々しく温かい、彼本来の手だ。

 エミリアを見つめる眼差しの熱さが、その言葉が本当であることを物語っていた。


「レオナール様……」


 声が震える。知らず目尻が熱くなった。


「……そんなの……断るわけがありません。……私もレオナール様を愛しています」


 恥ずかしいほど声が震えたが、それが今の自分のすべてだった。

 レオナールは微笑み、エミリアの手をそっと取り、指先にゆっくり唇を落とした。


「ありがとう、エミリア。……心から愛してる」


 その囁きは、エミリアの胸の奥深くに甘く響き渡った。


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