新王の誕生①
王都から戻ったミカエル領は、王都の荒れ果てた地下礼拝堂とはあまりにも対照的だった。やわらかな朝霧が薄く漂い、太陽の光が金色の筋になって大地を照らしている。
馬車が城の前に止まり扉が開くと、森から漂う緑の香りが通り抜けた。
戻ってきたという実感が胸に広がっていく。
王都の地下聖堂にレオナールが助けに現れたときのエミリアの驚きと安堵は、今思い出しても体を震わせる。
エミリアがさらわれたと知ったとき、レオナールは真っ先にルーベンを疑ったという。王家の紋章がついた肩章が庭に落ちていたからだったそうだ。
しかし馬を走らせてルーベンの居室で彼を詰め寄ったが、彼は即座に否定したという。たしかにミカエル領の城に向かい、エミリアと会ったが、さらったりはしていないと。
そのときルーベンの脳裏に閃いたのが、彼の妻バネッサだった。
彼女が、地下祭壇のある中庭によく姿を見せていたこと。そして誰も知らないはずの扉の前で、なにかをたしかめるように立ち尽くしていたこと。それらの記憶が、ルーベンにバネッサを思い浮かばせたのだとか。
『まさかそんなはずは……』と否定しかけた唇は震え、気づけば彼はレオナールたちを先導していたのだと。
「エミリア様っ」
真っ先に駆け寄ってきたのは、カーリンだった。
目を真っ赤にして、スカートの裾も気にせず石畳の上を走ってくる。
「カーリン、ただいま」
言い終える前に、彼女は勢いよく抱きついてきた。
強く抱きしめ返すと、カーリンの肩が震えているのが伝わってくる。
「ご無事で……よかった、本当に……っ」
泣きじゃくる声に胸が熱くなる。
エミリアに背中を撫でられ、くしゃくしゃになっていたカーリンの表情がふと固まる。
朝日を浴びたレオナールが、ゆっくりと馬車から降りてきたのだ。
「……あれ? 殿下……?」
カーリンはエミリアから離れ、両手で口を覆った。
彼女の視線の先で、レオナールはほんの少し困ったように、しかしどこか照れくさげに微笑んでいた。
白髪でもなければ、杖も持っていない。朝の光を受けても姿は変わっていない。
そんなレオナールを目のあたりにし、カーリンの目がみるみるうちに大きくなっていく。
「えっ、どういうことですか!?」
勢いよく声を上げたカーリンに、エミリアは目を細めた。
彼女の驚きは当然だ。ついこの間までレオナールは深い呪いに囚われ、夜明けとともに老いた姿へ戻っていたのだから。
そこへ、セルジュもゆっくりと近づいてきた。
控えめな足取りながら、その瞳はレオナールをしっかりと見据えている。
「……殿下。これは……まさか、本当に?」
彼は信じたいのに信じきれない、そんな揺れる声で問いかけた。
「セルジュ、カーリン。落ち着いて聞いてほしいの」
エミリアがそう言うと、ふたりは同時にこちらへ顔を向けた。
「王都であの呪いを生み出した元となる術式が、完全に断たれたの。それと同時に、レオナール様にかけられていた呪いも……消えたわ」
「呪いが、完全に?」
カーリンが声を震わせる。
「ええ。もう、夜明けが来ても姿は変わらない」
そう答えると、レオナール様がそっと隣に立ち、淡く微笑んだ。
「信じがたいだろうが事実だ。これからは、昼であれ夜であれ、同じ姿で皆の前に立てる」
その声音には、長い年月を越えた人だけが持つ、静かな解放の響きがあった。
セルジュは口元を押さえ、目を見開いたまま固まっていたが、深く息を吐いて膝をつき、頭を垂れた。




