追放の朝⑤
まだ夜の名残が残る王都の空に、鐘の音が低く響く。エミリアは静まり返った王宮の回廊をゆっくりと歩いていた。
両脇に飾られた燭台の火が揺れ、その光が床に長い影を落とす。その影はまるでエミリアの過去を映すように、足元で揺らめいた。
(これで、本当に終わるのね……)
前夜、王太子――いや、今は新たな国王となった夫から、離縁状を渡された。
厚い羊皮紙に書かれた、淡々とした数行の文字を思い返す。
【お前は今日をもって王妃の身分を解かれる。王命により、第二王子レオナール・アルタミラのもとへ嫁げ】
それが、すべてだった。
控えの間に差し込む朝の光が、冷たく床を照らす。
荷をまとめた木箱の横で、侍女のリリィが深く頭を下げた。
「本当によろしいのですか、王妃殿下……」
「ええ、いいの。それと私はもう王妃ではないのだから、名前で呼んで」
「ですが、こんな形で追放するなんて……」
震える彼女の声に、小さく微笑む。怒りも悲しみも、もう遠く霞んでいた。残るのは諦めだけだった。
「陛下のお気持ちは、もう決まっているわ。抗っても意味はないの」
「でも、妃殿下を差し置いて、側近だったバネッサ様を王妃にするなんて、そんなこと――!」
「もういいのよ、リリィ。……陛下は、最初から私を見てはいなかった」
「だからって呪われた王子のもとに嫁がせるなんてあんまりです……!」
涙ながらに訴えるリリィの言葉に、エミリアは目を伏せた。
「呪われた王子、そう呼ばれているのね」
かすかに唇が震える。
噂でしか、その名を聞いたことはない。
第二王子レオナール・アルタミラ。王家の血を引きながらも幼くして不吉な呪いを受け、その身に闇を宿したと囁かれる男だ。王宮の記録からは彼の名が消され、姿を見た者もほとんどいないと聞く。
ただ、北の辺境――霧深い山岳地帯の古城に幽閉されている、という話だけが人々の口を伝っていた。
「どんな呪いなのか、ご存じですか?」
リリィが問う。
「いいえ。神殿にも、その詳細は伝わっていなかったわ。ただ――」
エミリアは一瞬、遠くを見るように目を細めた。
「夜ごと、その姿が変わると……そんな話を聞いたことがあるわ」
「姿が?」
「ええ。けれど、真実かどうかはわからない。誰もたしかめに行かないのだから」
ふたりの間に沈黙が落ちた。風が窓の隙間をすり抜け、髪を揺らす。
エミリアはそっと荷箱の上に手を置いた。
「でも、これもきっと神のお導きなのよ」
そう言いながらも、胸の奥では小さな灯が今にも消えそうに揺れていた。




