光に溶けた呪い②
「ようこそ、エミリア。あなたがここへ来るのを、ずっと待っていたわ」
バネッサが微笑む。その瞳の奥には、狂気にも似た歓喜が宿っていた。
エミリアをここへ連れ去るよう命じたのはバネッサだったのだ。
祝宴の席で会ったときとは、人相がまるで違う。なにかに憑りつかれているような顔だ。
エミリアは息を詰めたまま、バネッサを見つめた。
深紅のドレスの裾が石床を引きずり、その音がいやに響く。
灯りも乏しい地下の空間にあって、その姿は血のように鮮やかだった。
「どうして……私をここに?」
震える声をどうにか抑え、毅然と問う。
バネッサはゆっくりと微笑んだ。
「どうして、ですって? あなたが聖女だからよ」
意図が掴めず、エミリアは言葉を返せない。
「意味がわからないかしら。あなたを聖女の座から引きずり下ろすのよ」
「……そんなこと、できないわ」
聖なる魔力の保持はもとより、厳しい教育と儀式を経た者にしか聖女としての位は授けられない。
「神殿との関係を断ち切った今、形ばかりの位なんて関係ないのよ。それに、あなたは知らないでしょうね。秘伝の黒魔術を使ってあなたの力を私に反転させるの。そうして、この国を私の手中に収めるのよ」
バネッサは足を止め、魔法陣の中心に視線を落とす。
古びた石床の紋様がかすかに輝きを帯びはじめ、瘴気がざわめいた。
(なんてことを言うの……)
目の前に立つバネッサは、もはや冷静な思考力さえないようだった。彼女の指先が宙に描いた軌跡を追うように、黒い炎が立ち上る。
冷たい風が吹き抜け、エミリアの髪を揺らした。
「やめて!」
「そう言われて私がやめると思うの? やっとあなたより上になれるというのに。……神殿に仕えるようになってからずっと、あなたが妬ましかったわ。誰よりも愛され、敬われ、慕われ、果てには王太子妃にまで上り詰めるなんて。私のなにがいけないというのよ」
バネッサの声が、次第に熱を帯びていく。その瞳はエミリアを見てはいるが、もはや〝人〟として見ていない。光を失った瞳に映るのは、己の野望の幻影だけだった。
「あなたのような女がいる限り、私は第二の王妃のまま。笑われ、同情され、哀れまれる――そんな屈辱をもう味わいたくないのよ!」
叫ぶように言い放ち、バネッサは両腕を広げた。その瞬間、魔法陣の縁を走る符がひとつずつ光を帯び、床に刻まれた紋様が黒い脈動を始めた。
「やめて! そんな力を使えば、あなた自身が!」
「黙りなさい!」
空気が震えた。見えない力がエミリアを押しとどめ、息が詰まる。
足元の魔法陣が淡い青から紫、そして黒へと色を変え、瘴気が礼拝堂の天井を舐めるように渦を巻いた。
「さあ、はじめましょう。聖なるものを穢れへと変える、至高の儀式を」
バネッサが呪文を紡ぐ。低く、くぐもった声が地下に反響し、それに応じるように魔法陣の中心が灼けるように輝いた。
エミリアは光に飲み込まれながら、祈るように手を胸に当てた。
(神よ、お願い……!)
祈りが震えた唇からこぼれたとき、天井の封印がかすかに軋み、冷たい風が吹き抜けた。
ひと筋の光が差し込む。黒い瘴気の渦を切り裂くように、眩い光が地下へと降り注いだ。
バネッサが顔を上げる。
その光の中から、ゆっくりと人影が現れた。
長い外套の裾が揺れ、銀の髪が淡く光を返す。その姿を見て、エミリアの胸は激しく脈打った。




