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光に溶けた呪い①

 暗闇の中で、エミリアは微かに光を感じながら目を覚ました。

 頭がぼんやりとして、目がかすむ。視界が徐々に鮮明になり、馬車に乗せられているのだと気づく。


(いったいどうして……)


 周囲に目をやると黒衣の者たちがいた。全員が冷たい目を光らせ、剣や短刀を手にしている。まるで精鋭の護衛のようだと直感的に理解した。


「どこへ向かっているの……?」


 声は震え、喉が乾いていた。

 ひとりの黒衣が微かに身をかがめ、冷たく答える。


「黙っていれば、傷つけることはない」


 甘い香りがした直後から記憶がない。おそらく自分はさらわれたのだろう。

 だが、いったいなぜ。なんのために。


「お願い……お願いだから、帰して……」


 小さな声で懇願するが、誰も答えない。

 馬車は揺れ、外の夜風が窓から差し込む。春だというのに匂いは冷たく湿っている。


(落ち着いて。落ち着くのよ……)


 エミリアは手を胸に押しあて、必死に平静を装う。しかし心の奥では恐怖が渦巻き、今にも取り込まれそうになる。


「どうして……こんなことを……」


 声を振り絞るが、やはり誰もなにも答えない。

 エミリアは立ち上がることはせず、静かに馬車の揺れに身を任せながら周囲の黒衣たちの動きを観察する。

 その中で、ある確信が芽生えた。


「……王家の命……よね。間違いない……」


 彼らの装いからそう察知した。


「陛下の命令なの?」


 エミリアが王妃の座を断ったから、こうして手荒な真似をして連れ戻しているのではないか。

 馬車の揺れに合わせて、エミリアは小さく身を震わせた。

 黒衣の者たちは言葉を発さず、ただ黙って周囲を囲む。その沈黙は恐怖よりも重く、胸にずしりと圧し掛かる。


「どうして私を?」

「おとなしく黙っていれば乱暴な真似はしない」


 ひとりが、やっと低く声を出した。しかしエミリアが欲しい答えはなにひとつくれない。

 きっと、いくら聞いたところで答えてくれないだろう。

 エミリアはぎゅっと強く目を閉じた。


(大丈夫……冷静になるのよ……)


 自分に言い聞かせ、心を落ち着ける。揺れる馬車の中で手を膝に置き、深呼吸を繰り返す。祈るように胸の奥で言葉を紡ぐ以外にない。

 エミリアは背筋を伸ばし、恐怖に屈するまいと心の中で自分に言い聞かせた。


 やがて車輪が止まる。長い沈黙のあと、外で鎖の外れる音がした。

 扉が開き、夜の冷気が流れ込む。馬車の中の空気が一気に張り詰めた。


「着いた。降りてもらおう」


 低く押し殺した声が命じる。

 エミリアは怯えを押し隠し、震える手でスカートの裾を握った。

 外へ出ると、そこは見慣れた王宮だった。しかしここだけは月明かりが届かないほど高い城壁に囲まれ、風の音すら吸い込まれるような静寂が漂っている。

 目の前に広がるのは、王宮の庭の裏手だった。かつてエミリアが花を摘んでいた中庭のさらに奥。人の手も入らず、荒れ果てた石畳と枯れた噴水だけが残っている。

 黒衣の者たちが無言で先を行く。

 そのうちのひとりが蔦に覆われた壁の一角に手を伸ばし、石を押し込んだ。

 ごり、と重い音がする。苔むした壁がわずかにずれ、暗い口を開いた。


(こんなところに、通路が……?)


 エミリアは目を瞬かせた。中から淀んだ空気が漂ってくる。


「行け」 


 黒衣の男が短く言う。

 肩を掴まれ、抵抗する間もなく暗い通路へと押し込まれる。石壁の内側はひどく湿っていて、灯りは手に持ったランプひとつだけ。滴る水音が、足音とともに不気味に響く。

 エミリアの胸は激しく上下した。

 ここは、ただの地下ではない。黒く重い空気が、それを物語っていた。

 階段を何段も下りた先で、急に冷気が加わる。奥に広がる空間は、かつて礼拝堂だったのだろう。壁に古い聖句が刻まれ、今はその上を封印の符が覆っている。

 しかし、そこに流れているのは神聖さではなく、淀んだ瘴気だった。


(ここでなにをするつもりなの――)


 黒衣の者たちがエミリアを中央の石床に立たせる。

 逃げようとしたが、腕を掴まれた。


「やめて! 離して!」


 必死の声も虚しく、彼らの表情は石のように動かない。ランプの炎がふっと揺れ、影が壁に広がる。

 すると、壁に黒ずんだ魔法陣の痕が残っているのが見えた。ごくりと喉を鳴らす。


(いったいここは……)


 そのとき、上方の階段からかすかな足音がした。ゆっくりと踵の高い靴が石を打つ。

 その音を聞いた瞬間、エミリアの肌に冷たいものが走った。

 現れたのは、深紅のドレスをまとった女。その金の髪には、王妃の証たる冠がきらめいていた。


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