闇に紛れた悪意①
山を下ったレオナールとエリオットが東の砦に辿り着いたのは、ちょうど太陽が沈んだ頃だった。
空は紫色に染まり、風に混じって焦げたような匂いがする。近づくにつれ、肌の上をざらついた瘴気が撫でた。まるで目に見えぬ砂嵐の中にいるような感覚だ。
馬車を降りたレオナールの体が風にあたり、淡く光を帯びる。銀の髪が風に靡き、闇に溶けるような輝きを放つ。
若き姿を取り戻したレオナールは、ゆっくりと地面に手をついた。
指先に感じる大地の鼓動が、どこか歪んでいる。通常なら清らかな魔力の流れが感じられるはずの地脈が、黒く濁り、脈打つたびに痛みのような反応を返してくる。
「見ての通りだ」
隣でエリオットが低く呟く。
結界石が並ぶ丘の斜面では、青白い光がちらちらと瞬き、ところどころで明滅している。本来なら均一に張られているはずの魔法陣が、まるで内側から引き裂かれたように、裂け目を生じていた。
レオナールは膝をつき、指でその裂け目の縁をなぞる。触れた瞬間、焼けるような痛みが走り、思わず息を呑む。
焦げた空気が肺を焼くようだったが、怯む暇はない。
「エリオット、結界の核を探る。中央の紋を解放してくれ」
「了解した」
エリオットが剣を抜き、刃先を地面に突き立てる。青白い光が走り、砂塵の下から古い魔法陣が現れた。
本来なら聖なる輝きを放つはずの紋はところどころ黒く染まり、ひび割れている。まるで内側から蝕まれているようだった。
レオナールは手を掲げ、低く呪文を唱えはじめた。――が、次の瞬間、空気が震える。
足元の地面が呻いた。
轟音とともに、裂け目の奥から黒い瘴気が噴き上がる。夜の空を引き裂くように、巨大な影が姿を現した。
獣のような四肢、鱗に覆われた体、赤く燃える双眸。魔獣、それも通常のものよりはるかに強大な存在だった。
「下がれ、エリオット」
低い声を響かせる。
だが次の瞬間には、エリオットが前に躍り出ていた。
「レオナールを傷つけさせるわけにはいかない!」
剣が風を裂く。銀の軌跡が夜闇を切り裂き、魔獣の前足を断ち切った。
黒い瘴気がその傷口を包み込み、瞬く間に再生する。
「ちっ、瘴の核を持つ個体か!」
エリオットが舌打ちをした瞬間、魔獣の尾がしなる。鞭のような尾が空気を裂き、地を抉る。
エリオットは剣を交差させて受け止めたが、その衝撃で大地に叩きつけられた。砂塵が舞い、視界が揺らぐ。
「……やれやれ」
レオナールが剣を構える。その動きは静かで、どこまでも優雅だ。
次の瞬間、彼の周囲に風が巻き上がる。蒼い光の粒子が夜気の中に舞い、星のように瞬いた。
「滅せよ、夜の獣」
その声は呪文というよりも、命令だった。
空気が弾け、雷光が奔る。青白い稲妻が剣とともに一直線に魔獣の胸を貫いた。
咆哮。瘴気が焼き切られ、肉が裂ける匂いが立ち込める。
レオナールの瞳が金色に輝き、髪が風に舞った。
「エリオット、右だ!」
「了解!」
エリオットが立ち上がり、雷光を背に跳びかかる。魔獣が怒り狂い、巨腕を振り下ろす。 その腕を、エリオットの剣が斬り落とした。
同時に、レオナールが大地に剣を突き立てる。青い光が奔り、地の奥から金属のような音が響き渡った。
「封ぜよ、地の鎖!」
地面から無数の光鎖が伸び、魔獣の体を縛りつけた。
瘴気が軋み、鎖が焼けるが、レオナールの魔力がそれを上回る。
その一瞬の隙に――
「これで終わりだ!」
エリオットの剣が閃光のように振り下ろされ、魔獣の首を両断した。




