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過去の代償④

 その夜――。

 山の城に濃い霧が降りていた。昼間の陽射しが嘘のように消え、夜風には湿った冷気が混じっている。

 エミリアは書斎で灯を落とし、祈りの言葉を胸の奥で繰り返していた。レオナールの留守の間に、せめて聖獣たちを癒す力を整えておこうと思ったのだ。

 ふと、外でなにかが軋んだ。

 風かと思ったが、違う。重く、湿った足音が複数。

 エミリアは立ち上がり、扉に手を伸ばしかけて躊躇った。ここに暮らしているのは、わずかに数名。しかも、今は深夜だ。


「……誰か、いるの?」


 返事はない。代わりに窓の外でかすかな光が揺れた。


(松明の灯……?)


 いや、それはもっと鈍い、紫がかった光だった。

 次の瞬間、窓が割れた。冷気とともに黒い影が滑り込んでくる。

 全身を覆う黒衣の男たちが、無言でエミリアに迫った。


「誰――っ!」


 叫ぶ間もなく、口元に冷たい布が押し当てられた。甘い香りとともに意識が遠のく。

 視界が揺れ、床が傾いたように感じた。

 遠くでシルバの吠える声がしたが、その声を最後にエミリアの意識は闇に沈んでいった。

 

 霧の中、黒衣の男たちは彼女を抱え上げ、音もなく城を離れる。

 夜空には月がなく、ただ山の向こうで稲光がひときわ強く瞬いた。

 その稲光が、一瞬だけ男たちの腕輪を照らす。そこには、王家の従者だけが使う紋章、金の百合が暗く光っていた。


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