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追放の朝④

 二週間後の夜、新王即位の儀式の前に、エミリアは王の間に呼び出された。

 王座には王太子――いや、すでに新たな王となる男、ルーベンがゆったりと腰を下ろして待っていた。

 その傍らには、ひとりの女性が立っている。燃えるような赤髪、妖艶な笑み。エミリアより三つ年上の彼女は貴族院の有力侯爵家の娘であり、かねてよりルーベンの側近として仕えていたバネッサ・セラディスだった。

 親密そうなふたりの様子を見て、男女の関係にあることを察知する。事実、侍従や侍女たちがコソコソと噂しているのを何度か耳にしていた。

 初夜はもちろん、結婚してから一度もエミリアの寝所を訪ねたことのないルーベンは、毎夜のごとくバネッサの元に通っていると。


「エミリア」


 新国王ルーベンが冷ややかに口を開く。


「お前との婚姻は、国と神殿の間の契約に基づくものだった。しかし、その契約はもはや無効だ」

「……無効、とは?」


 意味がわからず聞き返す。


「父王の崩御により、神殿との加護契約も終わった。これより王権は神聖よりも実力に帰す。神殿の権威は、もはや必要ない」


 その瞬間、エミリアはすべてを悟った。

 王家と神殿の結びつきを断ち切り、王国を完全に王政のもとに置く。それが新王の狙いだったのだ。


「お前は今日をもって王妃の座を退く」

「そんな……。私は、陛下の幸福を願って王宮へ参りました。それが神の導きであったと信じています。それでも――」


 声が震えるが続けた。


「それでも陛下は、神に捧げてきた祈りも、私の役目も無意味だとお考えなのですか?」


 ルーベンは微かに眉をひそめ、そしてなにも答えずに背を向けた。


 代わりにバネッサが笑みを浮かべて言う。

「もう神に声は届かないのよ、聖女様。時代は変わったの」


 蔑むような声色で〝聖女様〟と言われ、エミリアは膝を折り、静かに頭を垂れた。


「そういうわけだ。私はバネッサを妃として迎える」


 ルーベンは前国王であるアルフォンソが崩御したのをいいことにモルテン王国の慣例を無視し、聖女位を持たない者を王妃の座にするという暴挙に出た。

 バネッサが勝ち誇った表情でエミリアを見下ろす。

 エミリアの胸に広がったのは怒りでも憎しみでもなく、どこまでも深い虚無だった。

 王妃としての座を奪われることよりも、祈りを捧げる意味そのものを否定されたことが、存在を根底から揺るがしていた。

 神に仕える者として、王や民の幸福を願うことが自らの役目だと信じてきた。


(その役目さえ不要とされるなら、私はなんのために生きてきたの……?)


 勝ち誇るバネッサの笑顔を見上げながら、エミリアは静かに目を閉じた。

 涙は零れない。ただ、心の奥で小さな祈りの灯が、風に吹かれるように揺らめいていた。


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