過去の代償②
午前が過ぎる頃、エミリアは治療院で忙しく動いていた。今日も傷ついた聖獣が多く訪れているのだ。
白い鱗を持つ竜の子は翼に裂傷があり、血が乾いて黒ずんでいる。
「最近、似たような怪我が増えていますね」
包帯を整えながら言うカーリンにエミリアは静かにうなずいた。
「ここが聖獣たちに広まって、訪れてくれるのはうれしいけどね……」
指先に魔力を集め、傷口へ光を流し込む。淡い蒼の光が滲み、裂けた肉がゆっくりと閉じていく。
竜の子は苦しげに鳴いたが、やがて落ち着きを取り戻した。
「よくがんばったわね」
囁くように声をかけながら、額に手を当てる。
その瞬間、わずかに空気がざわめいた。
窓から差し込む光が、風もないのに炎のようにゆらゆらと歪んでいる。
エミリアは思わず息を呑んだ。
(……瘴気?)
心の奥が冷たくなる。
手を止め、周囲に意識を広げる。空気の流れが重い。まるで目に見えぬものが、ゆっくりとこの地に降りてきているような感覚だ。
「エミリア様? どうかされました?」
カーリンの声で我に返る。
「あ、いえ、なんでもないわ」
小さく微笑み返すが、胸の奥では警鐘が鳴っていた。
治療を終えて外に出ると、空は薄く霞みがかっていた。朝の清々しい青ではない。どこか、灰を溶かしたような色だ。
エミリアは胸の前で手を組み、遠くの山並みに目をやった。
(レオナール様、どうか、ご無事で……)
その祈りが届けられるかのように、風が頬を撫でた。
その日の午後、空の色が急に変わりはじめた。
自室にいたエミリアは、窓辺に寄って空を見上げる。陽はまだ高いのに、雲が重く垂れこめ、風は一段と強い。庭の木々がざわめく中、ふと目線を下へ向けると、屋敷の門前に黒い馬車が止まった。
金糸の刺繍が施された王家の紋章が、陽の光を鈍く反射する。
(――あれは)
鼓動が強く脈を打った。
馬車の扉が開き、威厳を纏った男が降り立つ。
(なぜ、陛下がここへ……?)
予想もしない客人にエミリアが声も失くしていると、部屋のドアが忙しなくノックされた。
「エミリア様、国王陛下がお見えです」
ドアの向こうでセルジュが緊張した声色で告げる。
「……今まいります」
いったいなにをしにここへ来たのか。聖獣たちの治療中、胸にどことなく感じたざわめきは、このせいだったのか。
しかし、恐れる必要はない。自分はすでに彼から追放された身であるのだから。
シルバを連れて部屋を出ると、体を震わせたカーリンが立っていた。
「エ、エミリア様、どうしましょう……」
手を胸の前で組んだカーリンの声には、恐れと戸惑いが滲んでいる。
「大丈夫よ、魔獣ではないのだから」
エミリアは心の中で〝魔獣のほうがマシかもしれないわ〟と思いながら、カーリンの肩に手を置いた。
「陛下はおひとりで応接室に?」
歩きながら尋ねる。
「おひとりです。護衛は屋敷の外に控えていますが」
「そう、わかったわ」
バネッサは連れてきていないようだ。
護衛はつけているとはいえ、こんな僻地までどんな用件で来たのだろうか。
「シルバ、この前のように体を小さくできる?」
すぐ後ろを歩いていたシルバに問いかける。
レオナールがいない今、エミリアを守れるのはシルバだけだ。
言葉をすぐに理解したシルバの体が光に包まれる。そして次の瞬間、小さな銀の獣に変わった。ジャンプしてエミリアが羽織っているケープの中に忍び込む。
「何度見てもすごい技ですよね」
「本当に。おりこうね、シルバ」
感心するカーリンに微笑みながらケープの上から撫でると、シルバはまるで猫のように喉をゴロゴロと鳴らした。




