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過去の代償①

 その夜、エリオットを歓迎する晩餐を開いたあと、エミリアはひとりで城の小窓から外を見下ろしていた。

 昼間は澄み渡っていた空が、いまは鈍い灰色に沈んでいる。遠くの山並みの向こうにある王都の方角に、黒い雲がゆっくりと広がっていた。

 息を吸うと、冷えた空気に微かに鉄の匂いが混じっている。

 風が、違う。

 いつもの夜風よりも重く、まるでどこか遠くで大地そのものが呻いているようだった。


(なにかしら……。なんだかよくないことが起こりそう……)


 胸の奥がぞわわと波立つ。

 なにが、という確証はない。それでも理屈では言えない感覚があった。

 祈るように両手を組み、窓辺に膝をついたエミリアのそばにシルバが寄り添う。しかし口に出した祈りはすぐに途切れた。言葉を紡ごうとしても、喉の奥に引っかかる。

 頬を冷たい風が撫でた。遠くで雷鳴のようなものが微かに響く。

 その音に、エミリアは思わずシルバを抱きしめた。

 

 翌朝、まだ空が白む頃、城の中庭ではレオナールとエリオットが並んで立っていた。夜露に濡れた石畳を、靴音が静かに響く。


「帰りは二日後の予定だ。なにかあればセルジュに伝えてくれ」


 レオナールの声は落ち着いていたが、その瞳にはわずかな緊張が滲んでいた。


「お気をつけて」


 エミリアはそう言って軽く頭を下げた。

 ここから東へ向かった砦は、古い結界が張られている場所だ。このところ発生している瘴気の出所を探るための視察である。

 王都にまで魔獣が現れる状況は尋常ではない。エリオットは王命を受けてここへ来たのだという。

 さすがのルーベンも、祝宴の席で暴れ狂う魔獣を掃討したレオナールの腕を見込んだのか。あのときレオナールがいなければ、ルーベンは命を落としていただろう。


「心配するな、長くはかからぬ」

「ええ。でも、どうか無理はなさらないでください」


 エミリアが言うと、レオナールは一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべた。

 その横でエリオットが軽く頭を下げる。


「必ず殿下を無事にお戻しします」


 冗談めかして言いながらも、その眼差しは真剣だった。

 東の空が淡く金に染まりはじめる。

 若く瑞々しい姿だったレオナールが次第に老いた体へと変わっていく。その光景を目のあたりにしたエリオットは声も失くして見入っていた。


「妙なところを見せたな」

「いや、貴重な場面を見られて光栄だ」


 エリオットと言葉を交わしながら馬車に乗り込もうとしたレオナールは、もう一度振り返り、「では、行ってくる」とだけ告げた。

 エリオットの乗った馬が先導しながら馬車が石橋を渡り、山道へと消えていく。蹄の音が遠ざかるにつれて、胸の奥に小さな不安が芽生えていく。

 風が一瞬、頬を冷たく撫でた。


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