追放の朝③
王宮に迎えられてから三ヶ月が過ぎた冬の夜、エミリアは寝室の窓辺にひとり座ってぼんやりしていた。窓の外は雪。庭の白百合はすでに枯れ、代わりに氷の結晶が枝に咲いている。
部屋は美しく整えられており、絹のカーテンに銀糸の刺繍が施された寝具、暖炉には香木が焚かれている。一見すると温かな空間だが、そのすべてがエミリアにとっては借り物のようだった。
昼間は王都にある結界が祭られた祭壇で祈りを捧げ、儀礼の準備や神殿との連絡役として忙しく過ごすが、夜になると急に静けさが押し寄せてくる。侍女たちは丁寧に仕えてくれるが、心に触れようとする者は少ない。
ルーベンとは式典や公式の場で言葉を交わすことはあっても、私的な会話はほとんどなかった。彼が口にするのは公務に必要な言葉だけ。夜の晩餐では、互いの椅子の間に見えない壁が居座っていた。
彼はいつも完璧な微笑を浮かべていたが、その瞳は遠く、自分の存在は背景の一部であるかのようだった。
ある夜、エミリアが書斎の前を通りかかると、扉の隙間から女性の名を呼ぶ彼の声が聞こえてきた。優しくて切ないが、エミリアの名ではない。
その瞬間、胸に凍えた風が吹き荒れる。寝室に戻ったエミリアは、祈りの言葉を口にした。
「神よ、殿下の心に安らぎをお与えください。私の手は届かなくとも、どうか殿下を癒してください」
手のひらにかすかな光が灯る。エミリアはそれを見つめながら、無理に微笑みを浮かべた。
べつの女性の名を呼ぶ声に打ち砕かれながらも、彼の心がそれで安らぐなら……と願ってやまない。〝愛されること〟ではなく〝支えること〟が、妻として与えられた唯一の役目だと信じていたからだ。
しかし、その選択がどれほど孤独を伴うものかを少しずつ知り、やがて自分の存在が王宮の中で装飾のように扱われていることにも気づいていった。
そんな中、彼の父親である国王アルフォンスは、エミリアに優しく声をかけてくれていた。
「お前の祈りは、いつも心を温めるな」
アルフォンスは目を細め、まるで孫娘を見るような眼差しで笑う。その言葉はエミリアにとってたったひとつの救いだった。
「お前を妃にすれば、ルーベンも少しは謙虚になるのではないかと思ったが……。私の教育が至らぬばかりにすまぬ」
エミリアは首を横に振って応えることしかできない。国王のその言葉さえあれば、聖女として祈りを捧げ続けられる。そう思っていた。
ところが、唯一の幸福の灯は長く続かない。アルフォンスが病に倒れたのは、婚姻からわずか一年後のことだった。
王妃はすでにこの世にいないため、王太子妃として看病の許可を願い出たが、ルーベンは静かに首を振った。
「余計なことはするな。父上はもう静かに休ませてほしいのだ」
その言葉には、看病を拒む以上の冷たさがあった。まるで父親の最期を急かすかのように、死を望んでいるように感じた。
それから一カ月と経たないうちにアルフォンスは崩御。国王の葬儀の日、王都は黒い旗で覆われた。




