静けさの中にある祈り④
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重い扉が閉まると同時に、謁見の間の空気が変わった。王座の前に残されたのは、ルーベンとバネッサ、そして控えていた侍従数名だけ。
ルーベンは侍従たちをその場に置き、忌々しい思いを抱えながら自室に向かった。
「……ふん。思ったよりも、くたばってはいなかったな」
ルーベンが低く吐き捨てるように言う。苛立ちと焦りを隠せない。
バネッサは扇をあおぎながら、薄く笑んだ。
「老いさらばえて惨めな姿を見せると思っていたのにね。あの眼……まだ燃えていたわ」
「まったくだ。あの呪いを受けて十年、まともに立っていられるはずがない。……だが、あれはまるで――」
「〝まだ終わっていない〟と言いたげでしたわね」
バネッサの声には甘い毒があった。
自室のソファに深く腰を下ろし、肘掛けを握りしめる。
「いずれにせよ、祝宴で白日のもとに晒せばよい。誰もが見るだろう。呪われた王子と、追放妃の哀れな姿をな」
言葉とは裏腹に、その瞳にはほんの一瞬、かすかな迷いがよぎる。
それを見逃さず、バネッサは唇を歪めて笑った。
「怖いの? あなたの完璧な王座が揺らぐのが」
「馬鹿なことを言うな。あんなものに、なにができる」
だがその反応が、彼の胸の奥に小さな棘を残す。
弟レオナール。かつて幼くして誰よりも敬われ、民から慕われた男。自らの手で遠ざけたはずの影が、再び王都の白壁に戻ってきた。
「まあ、せいぜい惨めに輝いてもらいましょう。王の慈悲にすがる老いた亡霊として」
バネッサが艶やかに笑い、扇で唇を隠す。その笑みには、エミリアへの刺々しい嫉妬が混じっていた。
「……だけど、エミリアも少しも衰えていなかったわね。北の果てに追放すれば、あの瞳も曇ると思っていたのに」
「ふん。どんなに取り繕っても、今夜にはすべて暴かれるさ」
ルーベンの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
(あいつが異形に変わった姿を見れば……)
それを想像するだけで体の底から喜びが沸いてくる。醜い姿を晒し、みなから憐みでも蔑みでも受けるがいい。
(モルテン王国の王は、この私ただひとりなのだ。誰にもその座は渡さぬ)
ルーベンは立ち上がって窓辺へ向かい、庭のある場所に目をやる。そこには誰にも知られていない地下への隠し扉がある。重い金の錠が嵌められ、古い符がいくつも貼られている。
その扉の向こうは空気が淀み、壁には黒ずんだ魔法陣の痕が残っている。封じたはずの瘴気はなお、かすかに王宮の石を腐らせるように漂っていた。
バネッサは優雅に立ち上がり、彼の肩に手を置く。
「そんな怖い顔をして、なにをご覧になっているの?」
「……いや、なにも」
首を横に振って誤魔化す。
あの場所は誰にも知られてはならない。
「あなたが望む結末になるといいわね、陛下」
その言葉には、皮肉とも忠告ともつかない響きがあった。
遠くで鐘が鳴り、夕刻の鐘の音が広間に沈む。
ルーベンはゆっくりと立ち上がり、窓辺から王都の街を見下ろした。




