彩りに満ちた世界④
翌日の午後、仕立て屋が城へやって来た。
ミカエル領で一番の腕を持つ職人らしく、背筋の伸びた老婦人は持参した反物をずらりと並べると、真剣な眼差しでエミリアを見つめた。
「殿下からうかがいました。春の宴にふさわしい一着を、とのことですね」
「ええ、どうぞよろしくお願いします」
エミリアが軽く頭を下げると、老婦人はにっこりと微笑んでうなずいた。
応接間には光が射し込み、やわらかな空気で満ちている。レオナールはその一画で椅子に腰をかけていた。
昼の彼は、瞳だけは夜と変わらず深い蒼を湛えている。老いた容姿に似つかわしくないほど威厳があり、同時に優しい光を宿していた。
「殿下、こちらの布などいかがでしょう?」
カーリンが嬉々として、薄藤色の反物を広げる。
「まあ、素敵……!」
エミリアは思わず声を上げた。春風のように淡く、見る角度によって銀の糸がきらりと光る。
「この色は、殿下の瞳にもよく映えますね」
セルジュがからかうように言うと、レオナールは軽く咳払いをした。
「……エミリアが着るものだ。私のことは考えずともいい」
その声音は落ち着いているのに、どこか照れくさそうでもある。
エミリアはふと笑みをこぼした。老いた姿の彼が、若者のように見える瞬間だった。
「殿下、こちらもご覧くださいませ」
老婦人が取り出したのは、新緑の色をしたベルベット地だった。
「これは森の若葉を思わせますね。エミリア様の瞳にもぴったりです」
「素敵ですけれど……ちょっと落ち着きすぎてしまうかしら?」
「では、胸元に白銀の刺繍を入れてはいかがでしょう。殿下のお色と対になるように」
その言葉に、エミリアは小さく息を呑んだ。
殿下の色と対――。彼との繋がりを感じて急に鼓動が速くなる。
「それがいい」
レオナールが静かに言った。
「彼女には、春の光のような色が似合う」
穏やかな笑みを浮かべエミリアを見つめる。目が合った瞬間、エミリアは胸がきゅっと縮まる思いがした。
彼の目には、自分が〝王都から追われた女〟ではなく、〝今ここにいるエミリア〟として映っている。その事実が、ただうれしい。
「ではこの布で仕立てましょう」
老婦人がうなずくと、カーリンが満面の笑みを浮かべて手を叩いた。
「きっと最高の一着になりますわ!」
「そうね。本当に楽しみ」
エミリアが微笑むと、レオナールは優しい目をしてうなずいた。
外では小鳥のさえずりが聞こえる。
その声を聞きながらレオナールはゆっくりと目を閉じた。皺を刻んだその横顔に、やわらかな光が落ちている。
(どうか、レオナール様の呪いの負担が少しでも軽くなりますように)
その穏やかな姿を見て、そっと祈る。
「では、採寸に入りましょうか」
老婦人が紐を取り出すと、エミリアは姿見の前に立った。
淡い布を体にあてがい、肩や胸元に手を添え、正確な動きで寸法を測っていく。
「もう少し肩を楽にしてくださいな」
「は、はい……」
久しぶりの作業に少し緊張しながらも、エミリアは鏡越しに視線を動かした。
レオナールは部屋の奥の椅子に腰をかけ、静かにその様子を見守っている。
老婦人が腰の位置に紐を巻きつけると、エミリアは思わず頬を赤らめた。体のラインがはっきりと出たため恥ずかしい。
そんな彼女を見て、カーリンが口元を押さえて小さく笑う。
「お美しいですよ、エミリア様。まるで春の花のつぼみのようですわ」
「からかわないで……」
苦笑しながら目線を上げると、レオナールと鏡越しに目が合った。なんともいえず照れくさくて、咄嗟に目を逸らす。
(レオナール様に見られていると思うと緊張してしまうわ……)
続けて老婦人が布を胸元に滑らせるようにして形を整える。淡い緑の反物が光を受け、きらりと銀の糸が浮かび上がる。
それを見つめながら、レオナールがゆっくりと口を開いた。
「……その色を纏えば、どんな宮殿の光よりも美しいだろう」
その声が部屋の空気を甘く震わせる。
老婦人は手を止め、カーリンとセルジュは顔を見合わせる。
エミリアは、鏡の中の自分が一瞬にして紅潮していくのを感じた。
「そ、そんな……レオナール様、言いすぎです……!」
「いや、事実を言っただけだ」
レオナールは目を細め、ほんのわずかに微笑む。
老いた顔に刻まれた皺のひとつひとつが、その笑みをより深く、温かく見せていた。




