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彩りに満ちた世界③

 

 その夜、エミリアはベッドに宴用のドレスを広げていた。といっても、並べられた服はわずか三着。どれも王都を去るときに持ち出せた、数少ないものだった。

 淡い桃色のドレスは袖口が擦れており、薄青のものは長旅の砂をいまだに落としきれていない。白の礼服だけが比較的まともな状態だったが、それももう古い。


「どうしましょう……」


 立派に着飾る必要はないにせよ、王宮で開かれる祝宴となれば相応のものは必要だ。


(私の癒しの力でどうにかできればいいのに)


 小さく息をつき、エミリアが裾のほつれを指でなぞっていると、カーリンが湯気の立つお茶を持って入ってきた。


「まあ、これはまた悩ましい光景ですね」

「なにを着ていったらいいのかしら」

「そうですねえ……」


 カーリンは顎に手を添え考えるようにしてから、ぱっと目を輝かせてエミリアを見た。


「殿下に相談してみてはいかがでしょうか」

「レオナール様に? だけど、お手を煩わせるわけにはいかないわ」


 ただでさえ魔獣の討伐で疲弊している。そのうえドレスの心配までさせたくはない。

 ちょうどそのとき、廊下の向こうからゆったりとしながらも確実なリズムの足音が聞こえてきた。


(もしかしてレオナール様?)


 昼間の頼りないものとは違い、力が漲っているような足音だ。セルジュとも違う。

 ノックに応答すると、ドアが開いた。入ってきたのは予想通りレオナールだった。

 深い群青の上衣に薄手の外衣を羽織り、上質な絹のようにしなやかな生地が灯りを受けてほのかに光る。胸元は緩く開かれ、そこから覗く喉元に細い銀の鎖がひとすじ落ちていた。

 銀糸を思わせる髪が流れ、蝋燭の灯を受けてやわらかく光る。深い蒼の瞳は夜気を映して澄み、整った顔立ちはまるで月の王のよう。

 その美しさに、エミリアは思わず息を呑む。昼間の彼も気高く知的で素敵だが、ときめきを覚えずにはいられない。


「こんな時間に、どうなさったのですか?」


 エミリアが問いかけると、レオナールは軽く笑みを浮かべた。


「部屋の前を通りかかったら、話し声が聞こえたものだから」


 真っすぐに注がれる視線が眩しい。

 邪魔はできないと思ったか、カーリンがこそこそと部屋を出ていく。


「今夜は魔獣討伐へは行かれないのですね」

「いや、ついさっき帰ってきたところだ」

「そうだったのですね。気づかずすみません」


 見たところ怪我は負っていないようでほっとする。


「気にするな。それで遅くまでどうしたのだ」

「王都に着ていく服のことで悩んでいたのです」

「なるほど。だからこうして……」


 レオナールは視線をベッドに向け、並べられた三着のドレスを見た。

 衣装をひとつひとつ手に取り、指先で布の質をたしかめる。その仕草があまりにも優雅で、エミリアはつい見惚れてしまう。


「どれもキミに似合うが」


 レオナールはふと、淡い桃色のドレスを手に取った。


「これは……王都にいた頃のものか?」

「はい。かつて陛下の御前に出たときに着たものです」

「そうか」


 短い沈黙が落ちる。レオナールの瞳に一瞬、影がよぎったように見えた。


(陛下のことなんて口にするべきじゃなかったのかもしれないわ)


 形ばかりとはいえ、現在のエミリアはレオナールの妻である。謝ろうと口を開きかけたそのとき。


「新しいドレスを仕立てよう」

「え……?」

「祝いの宴に出るなら、今のキミを映すものがいい。過去ではなく、今この地で生きるエミリアとして」


 そう言ってレオナールは微笑んだ。

 その笑みは、昼間には決して見られない輝きに満ちていた。


「でも、そんなことをしたらご迷惑を――」

「迷惑ではない。むしろ、私の望みだ」


 言葉を遮り、レオナールがエミリアに一歩近づく。

 そうして近くに立たれるだけで、彼の放つ静かな魔力と体温が伝わるよう。


「街にいい仕立て屋がいる」

「そうなのですか」

「ああ。日数はまだあるから城へ呼び、最高のドレスを作らせよう。宴の席でどんな眼差しを受けようと、誇りをもって立てるように」


 その声音に、決意と慈悲が混じっているように聞こえる。

 エミリアはその言葉を聞きながら、体じゅうにあたたかなものが満ちていくのを感じていた。

 単にドレスのことを言っているのではない。レオナールの声には、彼自身をも奮い立たせるような力があった。


「ありがとうございます、レオナール様」


 エミリアは深く頭を下ると、レオナールは短く息をついて微笑んだ。


「決まりだな。明日にでも仕立て屋を呼ぼう」


 その瞬間、窓の外を春の風が通り抜けた。

 白いカーテンがふわりと揺れ、蝋燭の炎が小さく揺らめく。

 その光の中でレオナールの銀髪は夜の星を纏ったように輝いた。

 エミリアは胸の奥でそっと祈る。

 ――どうか、この穏やかな時間が壊れませんように、と。


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