彩りに満ちた世界②
朝靄が城の塔を包み、白い光がゆっくりと石壁を照らしていく。城の周りには小さな水の流れがいくつも生まれていた。
長い冬は終わりを告げた。
エミリアは朝食のあと中庭で祈りを終えると、手にした水差しを掲げて空を見上げた。
空の色は淡く、氷のような青。風はまだ冷たいが、その中に芽吹きの気配があった。
すぐそばにいるシルバもエミリアを真似て空を見た。
「まあ! シルバも祈りを捧げているの?」
カーリンが足取りも軽く近づいてくる。
「ええ、そうなの。シルバも立派な聖なる遣いだわ」
「そうですね。シルバ、おりこうね」
カーリンがシルバの頭を撫でると、シルバは目を細めて喉を鳴らした。エミリアにだけでなく、すっかりこの城の人たちに懐いている。
治療院を設けてからというもの、毎日いろいろな聖獣がやって来てはエミリアの癒しを受けている。中には森に帰らず、居座る聖獣もいて、城は賑やかになった。
リスに似たラタトスクはここへ来て一週間になるが、仲良くなったシルバの背中に乗るのがお気に召したよう。今もエミリアのそばにシルバと来ては、じゃれついてくる。
「こらこら、今こっちの子の治療をしているのよ? 遊ぶのは待ってね」
脚を怪我したミミナに手をかざすエミリアを興味津々に眺めながら、ラタトスクはふさふさのしっぽをぴんと伸ばした。
こうして治療して聖獣たちの聖なる力を強め、人間界への魔獣の侵入を防げれば、レオナールの負担も少なくなる。
そう願って、エミリアは自分のできることをするだけだ。
ふと、馬の蹄の音が道を踏みしめて近づいてくるのが聞こえてきた。
シルバとラタトスクが耳をぴくぴくと動かす。
「殿下、王都からの使者が参っております」
駆け込んできたセルジュが、息を弾ませながら報告した。
少し離れた場所に置かれた椅子に腰を下ろしていたレオナールは、わずかに眉をひそめた。
「王都からの使者だと?」
この地には王都から使者が訪れることはめったにないと聞いている。
杖を突きながら歩くレオナールに寄り添い、エミリアも玄関広間へ向かう。すると鎧を着込んだ伝令が跪いていた。
深紅の封蝋が押された封書――王印付きの正式な文――を手にしている。
差出人の名を見た瞬間、レオナールの瞳が細く光った。
「……ルーベン王」
使者が恭しく頭を下げ、封書を差し出す。老いたレオナールを見て、かっと目を見開いてから素早く逸らした。
「へ、陛下より、王都にて春の祝宴を催すゆえ、殿下とエミリア殿のご臨席を賜りたくとのことです」
その場の空気が一瞬止まった。
エミリアは驚きに目を瞬かせ、レオナールは沈黙のまま封蝋に指をかけた。
蝋が砕ける音が、やけに大きく響く。中には、流麗な文字でこう記されていた。
【王都の安寧と新たな時代の祝福を共に分かち合いたい。すべての過去を赦し、新しき絆を示すために。国王ルーベン・アルタミラ、および王妃バネッサ・セラディス】
「赦し?」
レオナールが訝しむように呟く。
そばで文面を見たエミリアにも、それはまるで施しのように思えた。
「過去を赦す、か……」
静かな声が広間に落ちた。
使者は顔を伏せたまま動かない。
エミリアが恐る恐る口を開く。
「陛下が……私たちを、招いておられるのですか?」
いったいなぜという疑念が胸の中を渦巻く。追放したのはそちらではないのか。
祝いの宴とはいったいどういうことなのか。
「ああ。だが、祝いのためかどうかはわからぬ」
レオナールは窓辺に歩み寄り、遠く霞む空を見つめた。
春の陽光が、薄氷のように脆く砦を照らしている。
「行かれるのですか?」
「……行かねばなるまい」
レオナールの瞳には、決意と少しの陰が宿っていた。
「兄上が仕掛けた宴が、ただの祝宴であるはずはないが」
エミリアは静かにうなずき、胸の前で祈りの印を結んだ。
なにかよくないことが起こるかもしれない。しかし王命に背くことはできない。
窓の外では、解けた雪が水となって流れ出している。その流れの音が、まるで遠い王都からの呼び声のように聞こえた。




