静かな企み④
夜明け前、王宮の鐘が低く鳴る。報告が届いたのはそれからまもなくのことだった。
「陛下、魔獣は討伐されました!」
膝をついた近衛長の額には、まだ血の滲む傷があった。
「第一小隊が郊外の森にて発見。獣の体は損傷が激しく、正体の特定は困難ですが……討伐は完了しております」
ルーベンは玉座に腰かけ、短くうなずいた。
「死傷者は?」
「三名負傷、うち一名が重傷。民間への被害は最小限に抑えました」
「よくやった。引き続き周辺を警戒せよ。魔獣の痕跡を徹底的に調べ、どこから侵入したのかを報告しろ」
「はっ!」
騎士が退室すると、部屋に静けさが戻った。
ルーベンはふと、窓の外を見やった。薄明の空がわずかに白み、城下町の屋根がかすかに浮かび上がる。
胸の奥がかすかに疼いた。神殿を封じたあの夜以来、初めて感じる胸騒ぎだった。
「陛下」
艶やかな声が背後から届く。振り返れば、バネッサが緋色の衣を纏い、杯を手に立っていた。
夜の装いが、彼女に不思議な艶を与えている。
「夜通し働かれて、お疲れでしょう。少し気分を変えませんか?」
「……気分を変える?」
「ええ、そう。久しぶりに、宴を開きましょう。魔獣を退治し、王都に平穏が戻った祝いとして」
バネッサはゆるやかに歩み寄り、ルーベンの膝元に手を添えた。
「皆、少し怯えているのです。神殿が沈黙してから、街の空気が冷たくなってしまった。だからこそ、王と王妃が微笑み合う姿を見せてあげるのです。〝新しい時代は、もう恐れるものなどない〟と、ね」
ルーベンは沈黙したまま杯を見つめていたが、唇をわずかに緩ませる。
「……ふん、お前らしい考えだ」
バネッサは楽しげに微笑む。だが、その瞳の奥には薄い炎が揺れていた。
「それと、招待したい方がいますの」
「誰だ」
「もちろん、エミリア様よ」
その名を聞いた瞬間、空気がぴんと張り詰めた。
バネッサは構わず言葉を続ける。
「彼女を北方から呼びましょう。聖女の称号を剥奪された今、ただの女に過ぎません。その彼女に、王妃となったわたくしが慈悲を示す。それはきっと、王としての威光を示す好機でもあります」
ルーベンは目を細め、無言で彼女を見た。そして低く笑う。
「民はそういう見せ物を好むからな」
「ええ。けれど、それでこそ〝秩序〟でしょう?」
バネッサの指がルーベンの頬をなぞる。
「あなたがあの女の幻に囚われる必要は、もうないのですわ」
ルーベンはその手を払いもせず、ただ静かに視線を伏せた。
「そうだ、弟君も呼んだらどうです?」
「……レオナールを? だが、あいつは」
「呪われた身、なのですよね? 余興にはもってこいだと思いません? 祝宴は夜にして、呪いで異形にされた姿をみんなの前に……ふふふ。でも、そんな姿を晒すために来るかしら。怖くて来られないかもしれないわね」
「……好きにしろ」
疲労とも諦念ともつかぬ響きがあるのを自分でも感じる。
「ええ、陛下。必ず、完璧な夜にいたします」
バネッサは優雅に一礼し、唇に笑みを浮かべた。




