忘れていた温もり⑦
夜が明けるまであと少し。自分ももう少し休もうと自室に向かうと、カーリンが心配そうにドアの前に立っていた。
「エミリア様! どちらにいらしたんですか!?」
カーリンが駆け寄る。物音がしたためエミリアの部屋を覗いたが、姿がなく、どうしたものかとオロオロしていたらしい。
「ごめんなさい。レオナール様が怪我をされていたので……」
「……殿下に、お会いになったのですか?」
ひと言ずつ噛みしめるように尋ねる。
「ええ」
一拍置いてうなずいたエミリアの声がかすれる。
カーリンは息を呑んで、言葉を選ぶように問いかけた。
「それは……〝夜の殿下〟という意味でございますか?」
その声音には恐れと確信と、わずかな安堵が混じっているように聞こえる。
エミリアはそっと視線を落とし、手のひらを見つめた。そこには、さっきまで彼の傷を癒した光の名残がまだうっすらとある。
「そうね。たしかにお姿が違って……でも、たしかにレオナール様だったわ」
カーリンは胸の前で手を組み、ゆっくりと目を閉じる。
「そうでしたのね」
「もしかして、カーリンは知っていたの?」
「はい。ただ、殿下が望まれなかったので、お伝えできずにおりました。殿下は……かつてこの地を覆った魔の災いを封じる戦で、深い呪いを受けられたそうです」
カーリンはいったん深く息を吸って続ける。
「命を保つ代わりに、昼のあいだは力を奪われ、老いた姿に変えられてしまう。その呪いが解けるのは夜の間だけ。でもそれも、一時的なものにすぎません。本当の意味で癒えることはないのかもしれません」
エミリアは、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
昼の彼の静かな微笑、そして夜の彼の苦痛に満ちた横顔。どちらも彼自身なのだと思うと、涙が滲む。
「……そんなにも重いものを、たったひとりで背負っていたのね」
「殿下は、エミリア様にはそのことを知られたくなかったのだと思います。ご自分の苦しみより、エミリア様の安らぎを選ばれる方ですから」
カーリンの言葉に、エミリアは顔を上げる。
暖炉の炎がわずかに揺れ、ふたりの影を壁に映し出していた。
「もし私がレオナール様を助けられるとしたら、どうすればいいのかしら」
その問いに、カーリンは頬を綻ばせた。
「たぶん、エミリア様がお側にいることがすでに救いになっていると思います。エミリア様がここへいらしてから、殿下は以前よりずっと人間らしくなりましたから」
その言葉がやけに胸に染みる。エミリアは小さくうなずき、深く息を吸い込んだ。
「ありがとう、カーリン。……私、もっと強くなりたい」
「きっとなれますわ、エミリア様」
カーリンは微笑み、そっとエミリアの手を握る。
遠く、東の空がかすかに白みはじめていた。
夜明けが近い。しかしエミリアの胸の中には、まだ消えぬ月光のような想いが静かに残っていた。




