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追放の朝①

 

 エミリア・トレンテスは、生まれながらにして聖女として王子に嫁ぐことを望まれていた。

 聖女とは祝福・浄化・予兆といった神聖術に長けた女性魔術師で、王国の守護神殿に仕える者を指す。魔力だけでなく品位・教養・信仰心が重視され、貴族階級である公爵家・侯爵家から十歳前後で候補生として神殿に預けられ、厳しい教育と儀式を経て〝聖女位〟を授かるのだ。

 聖女は王家の儀式や国民への祝福、災厄の予兆の解読などを担い、政治的には王家と神殿の橋渡し役とされている。

 モルテン王国では第一王子は代々、聖女位を持つ貴族令嬢と婚姻することが慣例である。これは王家の血統に神聖性を加えるための儀礼的意味を持つもので、王子が成人である十八歳を迎えるまでに、神殿と貴族院が協議して妃を選定。婚姻は国家儀礼として執り行われる。

 エミリアの生家であるトレンテス家は公爵家として代々聖女を輩出し、モルテン王国の神殿に仕えてきた。しかしこれまで妃として選出された過去はなく、それはトレンテス家の長年の悲願であった。

 エミリアが生まれたのは、王都から北東に位置するラルーサ領の屋敷だった。

 彼女が生を受けた夜、空には流星が三つ走り、東の鐘楼がひとりでに鳴ったという。それは古来より〝聖女の兆し〟と呼ばれ、トレンテス家の人々はその日から彼女を特別な子として育てた。

 そうして生を受けたエミリアは、幼い頃から人の痛みに敏感だった。

 傷ついた小鳥を見れば手をかざし、誰かが泣いていれば、その理由を知るまでそばを離れない。手のひらからは、微かに光が生まれることがあった。

 それは大人たちの目には弱々しい火花のようにしか見えなかったが、たしかに癒しの力を宿していた。


「この子は神の力を持っている」


 そう言ったのは、神殿から派遣された神官長だった。

 それを機に、エミリアは十歳の年に王都の神殿へ預けられることになった。

 家族と離れた最初の夜、涙を堪えながら祈りの言葉を口にしたことを、エミリアは今でも覚えている。

 石造りの寝室は冷たく、窓の外には王宮の塔が見えていた。いつか、あそこに住む王子のそばで祈りを捧げる日が来るのだと、幼いながらに夢を見た。

 しかしそんな夢とは裏腹に、神殿での生活は厳しく、孤独だった。

 朝は夜明け前の祈祷、昼は教義と古語の朗読、夜は魔力の制御訓練。食事は質素で、外界との接触はほとんど許されない。それでもエミリアは持ち前の穏やかさと勤勉さで、周囲の信頼を得ていった。

 淡い金色をしたエミリアの髪は陽光の下では銀色にも見え、それが祈りのたびに肩からこぼれ落ちると神殿の光そのものが形をとったかのように見えた。

 瞳は透きとおるほどの青。しかしただの青ではなく、深く覗き込めば底に静かな炎が宿っている。

 幼い頃から聖女として育てられたため、その所作や姿勢には無駄がなく、どんな瞬間も凛としていた。だが微笑むと途端に気高さはやわらぎ、花が太陽に向かって開くような温かさがあった。

 肌は雪解けのように白く、薄い唇は紅をささなくてもかすかに色づいている。その美しさは人の目を奪う類のものではなく、静かに、じわりと胸の奥に残る。

 〝誰かを救いたい〟と祈り続けた年月そのものが、彼女という人間の輪郭を形づくっているようだった。


「あなたは〝静かな光〟ね」


 年長の聖女たちは、そう呼んで微笑んだ。

 派手な力こそ持たないが、その祈りにはたしかな温もりがあったのだ。

 十三の年、聖女候補の中から正式に〝聖女位〟を授けられたとき、神殿長は王家の紋章を刻んだ書簡を手渡した。

 封蝋の色は金。それは王太子妃の選定を意味するものだった。


「あなたは、神の定めにより選ばれたのです」


 神殿長の声は厳かだったが、どこか誇らしげでもあった。

 家族の悲願――トレンテス家の娘を王太子妃に――が果たされることを知り、家の者たちは涙を流して喜んだ。

 その翌月、王太子ルーベン・アルタミラの十八歳の成人式が執り行われ、同時に婚約の発表が行われた。


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