忘れていた温もり④
街での買い物を終え、城へ戻ったのは日が暮れかけた頃だった。
西の空には紅と紫が溶け合い、遠くの山並みを金の縁取りが染めている。
フェンリルは門の前で待っていた。
その銀の毛並みは夕陽を受けて柔らかく光り、まるで主の帰りを喜ぶように尾を振った。
「ただいま、フェンリル」
笑みを浮かべながら頭を撫でると、フェンリルはエミリアの手に鼻先を寄せ、かすかに鳴いた。
レオナールも小さくうなずき、優しくその頭を撫でる。
「……お前がこの屋敷に来てから、空気が少し澄んだ気がする」
「きっと、フェンリルが祝福をもたらしているのですわ」
エミリアの言葉に、レオナールが穏やかに笑う。
「名前をつけてやってはどうだ」
そう言われてハッとする。〝フェンリル〟では、犬に向かって〝犬〟と呼ぶも同然だ。
「そうですね!」
レオナールの提案にエミリアの顔がパッと明るくなる。
「では……銀色の毛並みにちなんでシルバはいかがでしょうか」
「シルバか……いいな」
「では、あなたは今日からシルバね」
エミリアの言葉に応えるかのように、シルバがくぅんと鼻を鳴らす。
レオナールは口元を綻ばせ、もう一度シルバを撫でた。
「それから……」
躊躇うように言葉を止め、レオナールがその先を続ける。
「私も名前で呼んでくれてかまわない」
「……はい?」
「その……殿下ではなく、レオナールと」
どことなく照れが滲む声色だったため、エミリアまでなんだかくすぐったい。
「はい。ではレオナール様とお呼びしますね」
レオナールが目を細くする。それは長く閉ざされていた冬の扉が、ほんの少し開かれたような微笑だった。




