辺境の生活⑤
「ここは本当に、世界の果てのようですよね」
「ええ。でも、静かで美しい場所だわ」
カーリンの言葉にエミリアはそう言って、そっと窓辺に立った。
遠い王都の鐘の音も届かない場所。しかし、その静寂の中にこそ、これからはじまるなにかがあるような気がしていた。
部屋の奥で暖炉の火がぱちぱちと音を立てる中、カーリンは机の上に折り畳まれた衣をそっと広げた。
「こちら、お着替えのお召し物です。祖父が用意いたしました。少し地味かもしれませんけれど」
「いいえ、とても素敵です」
淡い灰青のドレスに、白い襟。王都で着ていた絹の衣とは違い、質素だが温かみがある。
鏡の前で着替えを終えると、カーリンは手際よくエミリアの髪をまとめ、薄いショールを肩にかけてくれた。
「……お綺麗です」
ぽつりと漏れたカーリンの言葉に、エミリアは苦笑する。
「ありがとう。カーリンがお手伝いしてくれたからね」
カーリンは少し照れたように俯いた。
その後、彼女に案内されて食堂へ向かう。
長い廊下は薄暗く、壁に並ぶ燭台が揺れる影を投げていた。時折外から風の音が聞こえ、窓の外では雪が静かに舞っている。
食堂は広く、天井の梁が高い。長いテーブルの上には白布が掛けられ、銀の燭台が三つ、等間隔に置かれている。
だが、席についたのはエミリアひとりだった。
温かいスープの香りが漂う。夕食は質素ながら丁寧に整えられ、スープ、黒パン、鶏肉の煮込みが並んでいる。
だが、もうひとつの席、テーブルの上座には誰もいない。
「……レオナール殿下は?」
しばらくして現れたセルジュにエミリアは遠慮がちに尋ねた。
老執事は一瞬、言葉を選ぶように沈黙し、それから静かに答えた。
「殿下は……外へ出ておられます」
「外に?」
あの体で、こんな雪の中をいったいどこへ行ったというのか。
エミリアは目を丸くする。
「ええ。近頃、夜の間は決まっておひとりで……。どうか、お気になさらずに」
それ以上の言葉はなかった。
執事は深く一礼して退き、食堂には再び沈黙が満ちる。
窓の外では、吹雪の音がかすかに響いていた。
(外へ……。まさか噂に聞く〝異形〟の姿で?)
エミリアはスプーンを持つ手を止めた。
昼は老人、夜は魔物。王都で囁かれていた言葉が胸の中で蘇る。
暖炉の火がひときわ強く爆ぜ、影が壁を這った。
エミリアはそっと目を伏せ、冷めかけたスープを口に運ぶ。温もりは舌に届いたが、なんともいえない複雑な心情が渦巻いた。
(もし、本当に呪いがあるのだとしても……それが殿下の痛みであるなら、きっと癒せるはず)
心の中でそう祈りながら、エミリアは静かにスプーンを置く。
雪はまだやむ気配を見せなかった。




