辺境の生活③
この人は孤独なのだ。
言葉にしなくても、エミリアにはそれが伝わってきた。長い間、閉ざされた地に身を置き、世界と隔絶されたような生活を送ってきたのだから当然なのかもしれない。
やがてレオナールはゆっくりと微笑んだ。
「遠路をようこそ。我が名はレオナール・アルタミラ。そなたをここに迎えるよう、王命を受けている」
声は低く、枯れてはいるが、不思議と威厳があった。
「追放された王妃が、呪われた王子のもとへ。皮肉なものだな」
その言葉に、エミリアは息を呑んだ。
彼の声音には嘲りよりも、どこか諦めに似た静けさがあった。
「王命であれ、縁であれ……私はただ、導かれた場所で祈るだけです」
静かな答えに、レオナールは目を細める。
「では、この書にサインを」
彼が差し出したのは婚姻誓約書だった。すでに彼のサインは済んでおり、エミリアの名前を記すだけになっている。
これを神殿に出せば、ふたりの婚姻は神と国に認められたことになる。
「承知しました」
誓約書を受け取り、手早くサインしたものを彼の指示に従い執事に手渡した。
レオナールがそれをたしかめる間、短い沈黙が訪れる。そして軽くうなずき、彼が椅子の肘掛けに手をついて立ち上がろうとしたそのとき――。
「っ……」
低く息が漏れる。膝が震え、体がぐらりと傾いた。
反射的にエミリアが手を伸ばす。
「殿下!」
軽い音を立てて、杖が床に転がった。
咄嗟に支えた彼の体は驚くほど軽い。それでも、細い肩を支える腕越しに熱が伝わってくる。
「お怪我は……?」
「いや……この老いた骨が、言うことを聞かぬだけだ」
レオナールは苦笑した。
「無理をなさらないでください。椅子にお戻りになりますか?」
「ああ、頼む」
彼の腕を取り、そっと背を支えて椅子へ導く。
レオナールは静かに腰を下ろし、息を整えながらエミリアの手元を見つめた。
エミリアの手から、ほんのかすかな温もりと光が零れる。
(少しでも痛みが和らぐといいのだけど……)
淡く金色の光が、まるで燭火が揺れるように手のひらで脈を打つ。
「……これは」
「聖女の祈りの癒やしです。ほんの微かなものですが、痛みが緩和できるかと」
レオナールは驚いたようにその手を見つめた。
「温かいものだな……」
「ええ。きっと、それは神の御心です」
「いや……キミ自身の心だろう」
エミリアは目を瞬いた。
レオナールの声は穏やかで、先ほどまでのよそよそしさは消えている。
暖炉の火がふたりの間でやわらかく揺らめき、外では雪が静かに降りはじめていた。




