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妹の身代わりに泉に身を投げた私、湖底の神の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中


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8/8

8、ノアとの対峙

 その日から、私はノアくんに敵視され始めた。

 私が体力作りのためにイルゼさんと王宮内を歩いていると、どこからともなく彼が現れて射抜くような視線を送ってくる。

 その度にイルゼさんがノアくんを叱責するも、彼は何も言わずに走って逃げてしまうのだ。イルゼさん曰く、ノアくんに付いている侍女さんも、レナートさんも何度か諌めているらしいのだけれど……効果がないとのこと。

 

 最初の数回は、敵視されていたからか身体が竦んでいた。けれど最近、目を釣り上げるノアくんを見て、気がついたのだ。彼の私に対する敵意は、家族だった彼らとのソレとは違うことに。

 嫌悪以外の感情が彼の目に篭っているように思えた。ただ私はその感情がどんなものか、判断する術を持っていないのだ。


 これで何度目だろうか……。

 イルゼさんの怒声を聴きながら、私はじっとノアくんを注視していた。彼はイルゼさんの声に反応していたから、私のことなど見てもいなかったのだろう。

 こちらを向いた彼と私の目が合う。すると彼は目を白黒させてこちらを見ていたのである。

 

 でもそれも一瞬のことだった。

 

「ノア……ノア! 聞いてるの?」


 イルゼさんの言葉で我に返ったのか、私を見て皺を眉間につくる。そのまま彼は走り出していってしまった。



 

 私はその日から、ノアくんの感情を読み解こうと努力した。何故かは分からないが、私に対して不満という感情を抱いているように見える。

 そして敵視。これも何かしらの不満があって、私に向けているものなのだ。


 けれども、最後の感情。これが分からなかった。


 だからある時、イルゼさんに訊ねてみたのである。


「あの、ノアさんなんですけど……」


 私の言葉に反応したイルゼさんは、また彼が私に対してやらかしたとでも思ったらしい。「またキツく叱っておくね!」と言われたので、私は慌てて否定した。


「いえ、そうではなくて……彼の感情を読んでみたのですが……」

「感情を? いえ、何でもないわ。続きを教えてもらえる?」


 最初は私の言葉に驚きを浮かべたイルゼさんだったけれど、すぐに真剣な表情に変わる。


「彼には私に対して不満と敵視の感情があるようです。ただ……」


 うまく伝わるか分からず口籠る私。イルゼさんはそんな私に寄り添ってくれる。


「あとひとつ、感情があるようなのですが……私には分からなくて……」


 あの感情をどう言葉で表せばいいのかが分からない。私は役に立たなくて申し訳ない……と思いながら頭を伏せる。


「そうね……もしかしたら嫉妬かもしれないわ」


 イルゼさんは私の話で光明を得たのか、考え込みながらも話を続ける。嫉妬、という感情がいまいち理解できない私に、彼女は優しく教えてくれた。


「あの子はアダン様にとても懐いていてね……何かあれば、『アダン様〜』って抱きつきにいく子なのよ。最近は彼も家庭教師が付いて勉強をしているのだけれど、その分アダン様と会う時間がなくなっているのかもしれないわ。その代わりにエーヴァちゃんがアダン様と関わってたから、羨ましかったのね、きっと」

「嫉妬、羨ましい……」

「そうよ。きっとアダン様に会えるエーヴァちゃんが……羨ましいのよ」

 

 確かに私は何度かアダン様の休憩中に、共に食事をして話していることがある。彼はもしかしたらアダン様と一緒に食事をしたかったのか。

 いつもぶつかってくるのは、食事後に多い気がする。色々な情報が一本の糸で繋がっていき、最終的にはイルゼさんの推測が彼の主張のように見えてくる。


 そこまで考えて、私は頭を捻った。

 今まで私はそんな気持ちになったことはあるだろうか。

 病気のお母様が放置され、亡くなって……葬式中は閉じ込められて……。もう父親はいないんだ、と私は自分に言い聞かせてから、感情が湧かなくなったのだ。

 だからイルゼさんの話を聞いて思ったのだ。ノアくんが表情に出すほど、感情が豊かであること……それが羨ましいと。また一歩私の心も揺れたような気がした。


 そしてある日。

 イルゼさんとは別行動で私は王宮内を散歩していた。最近は倒れることもなく、お医者様からも『問題ない』とお墨付きをもらったこともあり、一人で歩くのが日課となっている。

 

 最初はイルゼさんも「エーヴァちゃん……ノアの事、大丈夫?」と心配していた。けれど、私はノアくんとも関わってみたいと思ったのだ。もしかしたら一人の時の方が、彼との関係も進展するかもしれない。

 上手く言えたかは分からないが、イルゼさんも私の考えを汲み取って下さったらしい。


「何かあれば教えてね」


 それだけ伝えて私の考えを尊重してくれた。この数日は私もあまり散歩に出なかったので、ノアくんと会わなかったけれど……今日は何となく会えるような気がする。


 初めてノアくんと衝突した曲がり角までやって来た。すると、誰かが走ってくる音がする。多分ノアくんだろう。

 私は足を一歩出そうとして、すぐにまた下がる。その瞬間、ノアくんが目を見開いてこっちを見ながら走って来た。また彼は私がぶつかるように仕掛けたのだろうけれど、何度も当たったら、痛いと思うの。

 

 目の前を走り抜けようとするノアくんの右手を、私は咄嗟に掴んだ。すると、彼は勢いよく後ろにつんのめってしまう。

 彼は私の行動を見て、最初は何度も瞬きをしていたのだが……しばらくすると、怒りが湧いてきたようだ。


「いきなり手を掴んだら危ないじゃん!」

「誰かとぶつかった方が危ないですよ」


 抗議してくるノアくんに、私は言葉を重ねる。彼自身も『廊下は走ってはいけない』ということは理解しているのだ。私に対して嫌がらせを仕掛けているだけで。

 言い返されると思っていなかったノアくんは、顔を真っ赤にして捲し立てた。


「なんでそんなに落ち着いてるんだよっ! 僕のこと、馬鹿にしてるの?!」

「馬鹿になどしていませんよ」


 間髪入れず淡々と話す私は、ノアくんを煽っているつもりはない。けれども、彼からするとそのように聞こえてしまっているようだ。握りしめていた拳が震え始める。


「あんたは、何もかも分かってる顔してるけど、僕のこと……何も知らないくせに!」


 怒りが頂点に達したその表情は、次第に戸惑いの色を帯びていく。

 ノアくんは激しい剣幕で私を罵りながら、自分が涙をこぼしていることに気がついたようだ。慌てて自分の袖で目元を拭う。それでも潤んだ瞳は私を見据えていた。


「もういい! どうせ僕のことなんて――!」


 私の握っている手を離させようと、彼は思い切り自分の腕を引っ張った。けれども、思ったように彼の腕は抜けなかったのだろう、ノアくんは手を振り払おうと大きく上下に動かす。

 そんな彼の行動を私は左手で止めた。そしてノアくんの目をじっと見つめてから告げる。

 

「はい、仰る通り分かりません。ですから私に教えていただけませんか、あなたのことを」

 

 二人の間を一陣の風がすり抜けた。

 彼の涙に濡れた瞳が、驚きの色を帯びていく。

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