6、sideリリス
「ああ、邪魔者が居なくなったな」
「本当ね。リリスが聖務者に選ばれた時はどうなるかと思ったけれど……上手くいって良かったわぁ」
お父様とお母様がワインをうっとりと眺めている。
『今日は祝杯だ』と言っていたお父様は、あまりの嬉しさから秘蔵のワインを開けたのだとか。お母様も最近社交界で流行っているお菓子を購入して、使用人に目の前に並べさせていた。
今朝、私の異母姉であるエーヴァが泉に身を投げたのだ。私たち公爵家の中で唯一、邪魔な者……それが異母姉だった。
元々エーヴァの母とお父様は政略結婚だったそうよ。当時、お父様は私のお母様と交際しており、家の事情でエーヴァの母と婚約しなくてはならなくなったそう。つまりエーヴァの母がお父様とお母様の愛を引き裂いたのよ。
最初こそ『跡取り』が必要だと言われ、嫌々房事は行われていたらしいのだけど……幸い数回でエーヴァが宿ってからは、お父様はお母様の元へ通ったの。その時は既にエーヴァの母との仲は険悪だったそうね。
生まれたエーヴァを別邸に押し込んだお父様は、お母様を本邸に迎えたの。そしてエーヴァが五歳になった頃……彼女の母が亡くなったのよ。
その時のこと、よーく覚えている。お父様は母が亡くなって呆然としている彼女に、こう言い放ったのよ。
「ふん、やっとくたばったか」
あの時のエーヴァの顔ときたら……傑作だったわ。いつも無表情で何を考えているか分からない女が、まるで魂が抜け落ちたかのようにポカンと口をみっともなく開けていたのだもの。
笑っては悪いと思った私は、その時我慢していたわ。けれども、後からお母様とお腹を抱えて大笑いしたのを覚えている。
その後もまた愉快だった。
エーヴァの母はあれでもお父様の正妻だったからね。やはり葬式はきちんと開かれたのよ。けれども、娘であるエーヴァはお父様に『目障りだ』と物置に閉じ込められ、葬式ですら出させてもらえなかったの。
エーヴァについて聞いてきた弔い客もいたようだけど、お父様が哀愁漂う表情で「悲しみに耽っている」と伝えれば、納得したそうよ。
実際はお父様が顔も見たくないと、閉じ込めていたのだけどね。笑っちゃうでしょ?
葬式後はエーヴァを徹底的に別邸へと締め出した。食事は一日一回硬いパンとスープ、そして使用人よりも早く起きて掃除をさせたの。そして綺麗に掃除ができていなければ、私とお母様から折檻があったのよ。
だって、使えない使用人を躾けるのも、女主人の仕事でしょう? 私はお母様の手伝いをしただけよ。
それに日々溜まった鬱憤を晴らすのに丁度良かったのよ。嫌味もよく言っていたし……。もう退屈凌ぎにエーヴァを虐めることはできないけれど、元々鬱屈の原因はエーヴァだし? いなくなったら、憂さ晴らしする必要もなくなるわね。
これからの日々は、きっと快適に過ごせるだろうと想いを巡らせた私は、思わず口角が上がる。
すると私の様子を見たのか、お父様も微笑んでいた。よく見ると頬が少し赤らんでいる。結構な速度でワインを嗜んでいるからかしら? エーヴァを追い出すことがお父様の悲願であったらしいもの。本当はどこかの金持ちの後妻にさせようかと目論んでいたようだけれども……まさか聖務者としてこの家から放り出すとは思わなかったわ。
聖務者として選ばれる理由は分からないけれど、神の御許に行けるのだもの。現在の我が家の名声は上々よ。
「リリスをエーヴァと名乗らせるのは納得いかんがな」
「お父様、それは仕方のないことですわ。我が家の発展のため、私はどんな責苦でも追うつもりです」
お父様の言う通り、エーヴァの名を名乗らなくてはいけないけれど、それくらいどうってことないわ。
巷では、私が王子殿下の婚約者候補として名が上がるのではないだろうか、とも言われているらしいのよ。あの有料物件である王子殿下の婚約者よ! そのためなら、エーヴァの名で過ごすくらい、問題ないわ。
私のグラスには、ブドウで作られたジュースが入っている。お酒ではないので、実際酔うことはないけれど……私はこの空気に当てられて、気持ちが高揚していた。
お父様とお母様も歓喜のためか、グラスがどんどん進んでいる。お父様はにっくきエーヴァを追い出せたことに、お母様は私が跡取りになることを祝福して。そんな祝杯気分で楽しくお酒が進んだところで、ふとお父様が私に声をかけた。
「リ……いや、エーヴァ。お前に対するやっかみか、最近悪評を流す者共が増えているようだ」
「あなたは本当に可愛らしくて、頭も良いし……公爵家の娘という地位権力もありますからね。妬む者がいても不思議ではありませんわ」
お母様が、私は国で一番の娘であると褒め称えてくれる。私もそう思うわ。同意を示すためにも、首を縦に振った。するとお父様は眉間に皺を深く刻んでいる。私の言葉で不愉快にさせてしまったのだろうか、と思ったが杞憂だったようだ。
「本当にお前の言う通りだ。エーヴァは国で一番の可愛い娘。悪意ある噂は私が潰すから問題ない。それに、お前は国で一番幸せになるべき娘だ。私とカミラの娘なのだからな」
「お父様……!」
私はお父様の言葉に感動し、目に涙が溜まる。そして感極まってお父様とお母様に抱きついた。後ろではその場にいた使用人が、布で涙を拭っている。どこからどう見ても、私が望んだ感動な場面だった。
――ねえ、エーヴァ……空から見ているかしら?
お前がいなくなって、更に私は幸せよ。お父様の笑顔も見てちょうだい。本当に清々しい表情をしているわ。
私は国で一番愛され、誰からも羨まれる幸せな女性になるのよ。お前を踏み台にしてね。
私は陽気にはしゃぐお父様とお母様を見ながら、静かに口角を上げた。
それから一週間は、表上リリスが泉へと身を投げたからと私たちは静かに暮らしていた。たまに我が派閥の貴族たちが現れては、弔いの言葉をかけていく。
驚いたのは、あの女が入水した翌日に教皇猊下が我が家を訪ねてきたの。お父様とお母様は頭痛がひどかったのよね。いわゆる二日酔いの状態で猊下に対応していたわ。
けれども、それが良い方向へと動いたようね。猊下は娘のリリスが亡くなったことで、泣き暮れ、憔悴していると受け取ったのよ。目尻に涙を浮かべながら、慰霊の言葉を掛けられたわ。私、笑いを堪えるのに必死だったの。だって、内心はあの女がいなくなって清々としていたのだから。
聖務者として務めを果たしたあの女の追悼は、あの女の姿が沈んで見えなくなった頃に教皇猊下によって執り行われたの。だから、公爵家で葬礼を開くこともない。非常に楽なものだったわ。家の中で静かに……まあ、少しくらい祝い酒を味わって騒ぐくらい問題ないでしょ。
そして今日が八日目。
弔いは七日目までなので、今日からある程度自由に過ごすことができるわ。と言っても、昨日の今日で街へ繰り出すのはあまりよろしくないでしょうね……一応認めたくないけれど、対外的には家族が亡くなったのだから、少し自粛しておきましょう。
私は気分転換も兼ねて、ガゼボで刺繍をする。ずっと屋敷の中にいたので、身体が鈍ってしまったようだ。たまに庭園を散歩しつつ、刺繍に集中していた。昼食の時間になると、お母様とお父様も私の元に来られて、外で食事をとる。
この邸の皆の顔が綻んでいた。私もついつい頬が緩んでしまう。
とっとと追い出せて良かった、そう思いながら私は少し冷めた紅茶に口をつける。そんな時――。
執事の一人が、狼狽えながらお父様の元へ歩いてくる。そして私たち全員に聞こえる程度の大きさの声で話し始めた。
「門前に、第二王子殿下がいらしておられます」
その言葉に私たちは思わず顔を見合わせる。
きっと婚約の話でしょうね……私の心は天にも昇るような気持ちだった。




