表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹の身代わりに泉に身を投げた私、湖底の神の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

5、セファーという男

 どれくらい寝ていたのだろうか。

 眩しさを感じ目を開けた私は、見覚えのない部屋に首を捻る。だが、次第に泉へと入水した記憶やアダン様、レナートさんと出会ったことを思い出した。

 

 見回すと、部屋には誰もいなかった。

 ベッド横のテーブルには、水が置かれているようだ。透明何かで造られている水差しは、光が反射してキラキラと輝いている。

 それを見ていると何となく喉が渇いたような気になってくる。最後に水を飲んだのは、アダン様達に私の境遇を話していた時だろう。

 その時も一口いただいただけだったか。


 欲望のままに水差しに手を伸ばそうとして――。


「何もできないアンタが、水を飲めると思って?」


 不意に頭をよぎった異母妹の言葉。私は水差しの手前で手を止めた。そしてそれに触れることができずに手を下ろしたその時。


「それ、飲まないのぉ? アダンが君のために用意させた水だから、飲んでも良いと思うよ〜?」


 誰もいない部屋に響く声。

 声の方へ顔を向けると、そこにはシミや汚れひとつない真っ白い服を着た男性が椅子に座っていた。しかも手にはティーカップ持参。紅茶が入っているであろうポットは、宙に浮いている。

 一瞬で現れた男性に私は目を擦った。そしてもう一度その場所を見ると、変わらず男性が優雅にお茶を楽しんでいる。


 彼と目が合った瞬間、私は彼に声を掛けていた。


「あの、あなた様は……?」

「僕? 僕はセファー。この城の書庫の管理を任されてるんだぁ〜。君がエーヴァちゃん? よろしくぅ〜!」


 軽快な声で話すセファーさんに気圧されながらも、私はひとつ気になったことを訊ねてみた。


「あの、何故私の名をご存じで……?」

「ん? そんな細かいことは気にしなぁ〜い!」


 ニコニコと笑うセファーさんに、私は了承の意を込めてぎこちなく頷く。その間に彼は魔術を使用しながら、空中で水差しと同じように透明で煌めくカップに水を入れていた。


 そしてそのカップはそのまま私の手元へとゆっくり収まる。セファーさんがティーカップを口付けるのに釣られて、私も水を少し含んだ。

 今まで飲んだことのないほどの冷たさだった。驚きからすぐに含んだ水を呑み込む。水が喉の奥を滑っていく感覚が、改めて自分の生を実感させる。


 それが緊張を紛らわせたのか、私が小さく息をはいた時。


「まだまだ気を張ってるねぇ〜。まあ、今までのことがあるから仕方ないかぁ……」


 微笑んでいるセファーさんだが、その笑顔の裏で何を考えているのだろうか。表情から読むことができない。そして理由は分からないけれど、彼は私の生い立ちを知っているのだろう。言葉の節々からそれを感じる。

 考え込む姿を取るセファーさんをじっと見つめていると、私の視線を察したらしい彼は右手をひらひらと振りながら告げた。


「ああ、ひとつ言っておくとさ、この国の人たちは君を虐げる事なんてしないから安心して〜。女神デューデ様のお墨付きだよぉ。一番顔が怖いのはアダンかな。けど彼も言葉は足りないけど、意外と世話焼きだから大丈夫」


 彼の言葉にゆっくりと頭を縦に振る。すると、私が言葉を受け取ったことを理解したらしい彼は、安堵のため息をついた。


「あー良かった。女神デューデ様も君の境遇には心を痛めていてさぁ〜。この街でゆっくり傷を癒してね、って伝えて欲しいって言われたからここに来たんだよ〜」

「デューデ様が、ですか?」


 私はセファーさんの言葉に目をパチクリさせた。彼は教皇猊下のように、女神様から神託を受けることができるのかもしれない。

 驚きを隠せない私に、セファーさんは笑って言った。


「そう。ここは女神デューデ様の加護がある国だからね。地上に比べたら、デューデ様の神託は降りやすいんだよね……あ、そうだ。もうひとつ頼まれていたことがあったんだっけ」


 セファーさんは懐から何かを取り出した。青系の色が集まったまだら模様の球体。彼はそれを左手に持つと、私の手のひらの上へと乗せた。

 その後動かないようにと人差し指と中指で球体を押さえてから、彼は私に聞こえない声で呟く。


 すると、手のひらへと置いた球が淡い水色に光り出す。そして何かが私の中に入ってきたような気がした。顔を上げると、セファーさんは微笑みながら片方の瞳を細める。

 彼の行動が理解できず、私は頭に疑問符を浮かべながら訊ねた。

 

「今のは……?」

「気にしない、気にしない! じゃあエーヴァちゃん、この国を楽しんでねぇ〜」


 手を振るセファーさんに釣られて、私も手を振った後、無意識に瞬きをした。そして次に目を開けた時には、すでに彼はいなくなっていた。

 

 私は困惑した。

 扉も閉まっており、開けた形跡がない。音もなくどうやってこの部屋から出たのだろうか……と首を捻っていると、ノックの音が聞こえる。

 扉から入ってきたのは、品のある婦人――目が覚めた時に世話をしてくれた女性とアダン様だ。ちなみに女性はイルゼさんというお名前らしく、起きる前も後もお世話をしてくださった方だとアダン様が教えてくれた。


「ありがとうございます」


 感謝の気持ちを込めて頭を下げた途端……私のお腹が大きな音を立てて鳴った。音はきっとアダン様やイルゼさんにも聞こえているはずだ。恥ずかしさから何も言えずに固まっていると、イルゼさんがアダン様に声をかけた。


「あら、アダン様。お腹が空いていらっしゃるのですか?」

「……ああ」


 最初、イルゼさんは私を気遣って下さったのかと思ったのだが……本気でアダン様に聞いているところを見ると、どうやら私のお腹であることに気づいていないらしい。

 むしろアダン様が私を庇ってくれているのではないかと思う。イルゼさんは笑い声を挙げた後、部屋の外に置いてあったワゴンを運び入れる。そこには軽食やお菓子などがたくさん乗っていた。


「アダン様、沢山ご用意しておりますので食べても良いですけれど、ちゃんとエーヴァちゃんにも残しておいてくださいね?」

「勿論だ」


 彼の言葉にイルゼさんは微笑む。

 その後、テキパキとテーブルへ軽食を並べ終えると、イルゼさんは「ごゆっくり」と言って部屋を去っていく。扉の閉まる音がすると、室内を静寂が支配する。話しかけるべきかどうか……内心悩んでいると、アダン様がこちらを向いた。


「……動けるだろうか」

「え、えっと……?」


 いきなり訊ねられて狼狽えている私に、アダン様は続けた。


「すまない。食べたいのであれば、そちらに何か持っていくが……」


 そこまで聞いて私はアダン様の言葉を理解した。私がテーブルに移動して、食事ができるかどうかを確認したかったのだ。セファーさんがアダン様のことを「言葉が足りない」と言っていたが……その意味を悟った。

 私も似たようなものだ。何を言っても継母や異母妹、実父に否定されてきたからか……最近は肯定の言葉しか口から出ていない。言い淀んでしまうのも、自分の気持ちをうまく言語化できないからだろう。


 私は首を左右に振ってから、ベッドを降りようと床に足をつける。私が椅子に座って食べようとしていることに気がついたのだろう。アダン様は私の元へと来てくださり、手を差し伸べてくれた。


 ――やはり、この方はお優しい。


 私はお礼を告げてから、そっと手を乗せる。そして普段のように立ち上がろうとした瞬間……足に力を入れることができず、私は直立不動のまま床へと倒れていく。思わず目を瞑るが、床へ倒れ込む前に何かに支えられる。

 恐る恐る目を開けると、私の顔の横にはアダン様の顔が。どうやらアダン様と抱き合う形になってしまったらしい。


「あ、アダン様、申し訳ございません!」


 慌てて謝罪をしてから、私は彼から離れようと彼の胸板を押すがびくともしない。それどころか、彼の鼓動やぬくもりが私の手のひらに伝わってくる。私にとってはまるで時間が止まったかのように……触れ合っている時間を長く感じていた。

 実際は一瞬の出来事だっただろう。アダン様は私の謝罪を聞いた後、ゆっくりと私をベッドへと横たわらせる。その時の彼は、顔色ひとつ変えなかったけれど、態度で私を労ってくれているのだろうと感じた。


「幾つか持ってこよう」


 その宣言通り、彼は食べやすそうなものを幾つか持ってきてくれる。けれども、私は何を食べたら良いか分からず、手前に置かれていた丸くて茶色の食べ物を手に取った。

 それは少し硬く、白っぽい食べ物だった。口に運ぶと、ほんのりと甘さを感じる。アダン様から『クッキー』というお菓子だと教えてもらった。

 

「おいしぃ……」


 ポロリと言葉が突いて出る。その瞬間、私の身体が強張った。

 不用意に口を開くと、継母の折檻が待ち受けている……そこまで考えて、私はハッと気づく。今目の前にいるのは、継母ではなくアダン様だったからだ。心臓が跳ね上がった私は、ゆっくりと顔を覗き込む。

 彼は眉ひとつ動かすことなく、ワゴンの上にある紅茶を淹れている。どうやら私の挙動不審な様子に気づいていないようだ。


 私はアダン様の目を盗んで、小さくひとつため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ