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妹の身代わりに泉に身を投げた私、湖底の神の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中


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4、sideアダン

「寝たようだな……」

「はい。よほどお疲れだったのでしょう」


 安らかな寝息を立てているエーヴァを尻目に、アダンとレナートは音を立てずに部屋を退室する。彼らは先程彼女の様子を見守っていた使用人の女性――イルゼに世話を頼み、執務室へと戻って来たのだった。


 女神の神託と異なる者が入水した……何千年ぶりのことだろうか。


 ネレイダ王国は先程エーヴァに告げた通り、水の女神デューデの加護を与えられた国だ。この世界にはこのネレイダと同様に、他の神が加護を与えている国が幾つかあり、加護がある国同士交流も盛んだったりする。

 街は女神の加護があるために、外から目視で見ることはできない。もしネレイダや他の国を見るためには……他の神の加護を持っている、もしくは特殊な魔道具を利用する必要があるのだ。


 それ以外は魔道具で補っている。と言っても、エーヴァに話した街の中で息ができるようにする魔道具は女神デューデの作なのだが。何やら地上にもある『空気』と呼ばれるものを作り出す道具なのだという。

 そのため、街の中であれば人は暮らしていくことができる。現在至る所で魔道具が使用されているが、明かりなどの魔道具は人の手で作り出したものだ。


 そして今アダンがいる場所――ここはネレイダ王国の中心であるナヴァル=ティア城。一説には女神の涙で設立された王宮と言われている。この王宮はどちらかといえば大聖堂に似た雰囲気を持つ建築物で、城自体はこの国が建国されたと同時に建てられたらしい。

 今まで王宮の修繕は一度もなかったと聞いている。女神の手による建造物だからだろう。


 レナートは冷めた紅茶を取り替えるために部屋を出る。アダンが頬杖をついて物思いに耽っていると、そこに現れたのはセファーだった。


「アダン、新しく来た子は大丈夫そう?」

「今は疲れて眠っている」

「そうだよね。彼女死ぬ寸前だったもんね。助かって良かったと思うよ」

 

 困惑した表情を見せるのは、背中にある純白の翼を広げ、デューデ様と同じ金色の真っ直ぐな髪を持つ男、セファー。

 彼はアダンが管理している王宮の書庫で、書物の管理を任されている。また、『空気』を作り出す魔道具の修理も請け負っていた。

 

 セファーとは数日で顔を合わせる時もあれば、時には百年ほど顔を見せないこともある。彼は女神デューデの眷属であり、天使と呼ばれる存在だからだ。

 以前百年以上顔を見せなかった時があった。その時アダンが心配して彼の暮らす場所へと赴いたことがあるのだが……丁度その時起きて来た彼は「少し長く昼寝しちゃった」と言っていた。どうやら時間感覚がそこらの人とは違うのだ。

 

 街の人たちは女神デューデを信仰しているため、眷属であるセファーのことも崇めている。そのためか、頭を下げられるのが苦手な彼は、滅多に書庫から出てくることはない。

 最初は敬語で話していたアダンだったが、数百年したところでセファーから敬語を取るようにお願いされ、今に至っている。

 

「そういえば、ちゃんとこの街のことを説明したの?」

「ああ、レナートが――」

「説明したの、アダンじゃないんだ! まぁ、でも……アダンだと説明が簡素すぎて分からないかもね……」


 アダンは最低限しか話さないからなぁ、とセファーは肩をすくめた。そう、彼は口下手だ。それを本人も分かっているので、余計な話をせず簡素に告げるよう心がけている。

 だからその部分を補っているレナートをアダンは重宝していたのだ。


「受け入れてそうだった?」


 心配だ、という様子でセファーはエーヴァのことを訊ねる。アダンは彼女の様子を思い出して、肩をすくめた。

 

「まあ仕方ないか。アダンも最初は耳を疑っていたもんね」


 アダンはそう笑いながら言うセファーへと、遠慮なく何度も頷いた。

 

 最初、アダンもこのことをセファーから教わったのだが、エーヴァと同様にこの事実を鵜呑みにすることができなかった。

 彼もエーヴァと同様の環境で泉へと飛び込んだ者だったのだ。彼もこの街の者に助けられ、生き延びる。最初はセファーの話を疑ってかかっていたアダンだったが、女神デューデの降臨で完全にこの話を受け入れた。

 その時に加護を与えられたアダンは、この街で二千年ほど暮らしている。この街の中限定ではあるが……加護により不老不死となったアダンは、女神デューデによって国の管理を任されているのだ。この王国の人々は女神デューデの気質を受け継いでいる者が多く、穏やかな人々が多い。彼はそんな人たちの中で過ごすことで、過去受けた心の傷はすでに癒えている。

 

 エーヴァを見た時、過去の自分を見ているようだった。

 虐げられるのが日常となり、常に心の中では人に怯えていた自分。アダンが無口なのは、その名残でもある。意思表示が得意ではないのだ。

 顔には出ていなかったが、小刻みに震えているエーヴァ。アダンは胸の奥がひどく痛む。

 

 いつの間にか過去の自分に重ねていたことだけではない。彼はエーヴァが泉へ入水する瞬間を見ていたのだ。それもあって、エーヴァを助けたい、という彼の気持ちに拍車をかけていた。


 

 ここ、ナヴァル=ティア城には合言葉を唱えることで、泉周辺の景色を映し出す『時見の鏡』というものがある。この鏡は元々セファーが管理していたものだったのだが……ある日、彼がその鏡をアダンの元へ持って訪れたのである。

 彼に「神託だ」と言われて大聖堂へセファーと共に向かえば、そこに女神デューデから神託を告げられた。


 それが『神託とは異なる人物が泉へ入水する』というものだった。

 アダンは女神デューデの言葉に目を見開く。思わずセファーを一瞥すると彼も驚いているらしく、口をあんぐり開けていた。

 呆然としているアダンに女神デューデが告げたのは、『彼女を助けてほしい』という嘆願。一方で、セファーには『書庫の奥にある宝物庫の許可』。

 セファーへと伝えられた言葉にアダンは首を傾げる。書庫の奥に宝物庫など、彼は聞いたことがなかったからだ。


 不思議そうにセファーを見返すと彼に招かれ、アダンは書庫の奥にある本棚のひとつに立つ。

 セファーが一番上のある書物を前に倒すと、ゴゴゴ――という大きな音が響き、本棚が扉のように手前に開いたのだ。


 二千年住んでいて知らないことがあるとは、と呆気に取られるアダン。そんな彼にのんびりとした声でセファーが話しかけてきた。


「ここは僕の領域だからさぁ〜。隠蔽するのは得意なんだよねぇ」


 彼は欠伸をしながら話す。口を半開きにしているアダンを尻目に、セファーは光で先が見えない扉に近づき、手を伸ばしている。

 光の中から彼が手を戻すと、青い光を宿した大きな宝石が付いている首飾りが握られていた。どのような仕組みになっているのか、と頭を捻るアダンにセファーは笑いながら言った。


「まあ、ここには入れないと思うけどさぁ、入らないように気をつけてよぉ〜? 入ったら出て来られないからねぇ〜。ああ、でも、もうアダンにはそんな機会はないかもね」


 「どういうことだ?」と訊ねる前に、背後から名前を呼ばれた。アダンは後ろを向くと、そこにいたのは警備隊の隊長であるエルマーだ。

 神託後、アダンはセファーの了承を得てレナートへ『時見の鏡』を預けていた。レナートとエルマーで泉周辺を確認するよう指示を出していたのだ。どうやら相当急ぎの用事なのか、足の速いエルマーが肩で息をしている。


「アダン! 神託通り赤い光だった!」

「なんだって!」


 セファーに別れを告げ、エルマーに走りながら話を聞く。

 その女性が岩の上に立った時、赤い光に包まれていたそう。あの岩も魔道具のようなもので、赤い光は神託で告げた人物と違う警告の色なのだ。泉の横にいる教皇のような出で立ちをしている男性が、眉間に皺を寄せて考え込んでいるけれど、後ろにいた者達が早く入水するように呼びかけていたらしい。


 時見の鏡へとたどり着くと、レナートが引き続き様子を見ている。慌てて彼の元へ向かうと、そこには岩の上に立っている女性。


「本来の聖務者はあの奥にいる娘のようです」

「奥の女の表情が醜悪すぎないか?」


 レナートとエルマーの言葉にアダンは首を縦に振った。その瞬間――。


 岩の上に立っていた女性が、無表情で一歩踏み出した。彼女の顔は自分が泉に身を投げる時と同じ……全てを諦めた時の表情。見ていられず、アダンは走り出そうとして最後に鏡を見ると、彼女の身体は宙に浮いていた。


 ――飛び込んだのである。

 

 誰が「あっ」と声を出したのかは分からないまま、アダンは走り出す。

 

「アダン! 女性が泉に入ったぞ」


 その言葉を受けて、アダンは街から泉の中へと飛び出した。セファーから借りた首飾りによって、水中でも息ができるようになっている。

 彼女の身体を確認した彼はすぐに手を伸ばし、エーヴァを助けたのであった。


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