第八話:聖なる檻と、偽りの懺悔
聖イグナチオ大聖堂の裏手にある、聖女専用の礼拝堂。
静謐な空気が流れるその場所に、泥と雨に濡れたフード姿の侵入者が倒れ込んだ。
「……誰ですか!」
祈りを捧げていた聖女イリアが振り返る。
侵入者はゆっくりとフードを外した。現れたのは、かつて舞踏会で断罪された悪役令嬢、エリザベスのやつれ果てた姿だった。
「エリザベス様……!? まさか、生きて……」
イリアが息を呑む。
エリザベスは、計算された角度で弱々しく崩れ落ち、震える声を絞り出した。
「イリア様……どうか、お慈悲を。私にはもう、すがる場所がないのです……」
その目からは、美しい涙がこぼれ落ちていた。
もちろん、それは演技だ。彼女の内心は、冷静に聖女の反応を観察している。
(さあ、どう出る? 『罪人を突き出す』か? いいえ、貴女はそんなことできない。だって貴女は、誰よりも慈悲深い『聖女様』なのだから)
「どうしてここに……。貴女は事故で亡くなったと……」
「逃げてきたのです。……クロード殿下から」
エリザベスは体を抱きしめ、怯えるように肩を震わせた。
「あの方は……異常です。私を修道院へ送るというのは嘘でした。あの方は私を一生、暗い牢獄に閉じ込め、飼い殺しにするおつもりなのです」
「そ、そんな……殿下が?」
「信じられないのも無理はありません。でも、見てください、この傷を」
エリザベスは、逃亡中に枝で擦りむいた程度の浅い傷を、さも致命傷のように見せつけた。
「追っ手の騎士たちに斬られそうになりました。……私はただ、静かに罪を償いたいだけなのに。あの方は、私の命さえも奪おうと……ッ」
イリアの表情が、驚愕から同情、そして義憤へと変わっていく。
純粋培養された聖女には、「王太子がそこまで狂っている」という嘘(半分本当)のインパクトは絶大だった。
「なんて酷い……。エリザベス様、安心してください」
イリアはエリザベスに歩み寄り、その泥だらけの手を優しく包み込んだ。
「神は、悔い改める者を見捨てません。ここは聖域です。邪な心を持つ者は、例え王族であろうと容易には踏み込めません」
「……私を、匿ってくださるのですか?」
「はい。貴女が心安らかになるまで、私が守ります」
イリアは力強く頷いた。
エリザベスは、イリアの胸に顔を埋めて泣き崩れた――ふりをした。
(ああ、チョロい。本当にいい子ね、貴女は)
エリザベスの口元が、聖女の服の陰で冷酷に吊り上がる。
(貴女が守ろうとしているこの教会こそが、私のような竜の血を引く者を『生贄』として管理するための牢獄だとも知らずに……)
イリアは無知ゆえに、この場所を「守りの要塞」だと信じている。
だがエリザベスにとっては、ここはクロードと王家をおびき寄せ、衝突させるための「最高の処刑台」だ。
「ありがとう、イリア様……。貴女だけが頼りです」
「ええ。もう大丈夫ですよ」
聖女の加護に包まれながら、悪女はほくそ笑む。
これで、最強の「人間の盾」と、クロードを挑発する舞台が整った。




