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【完結】悪女の婚約者様は、私を捨てた。それなのに、世界を道連れにしてでも、私を手放さない。  作者: ましろゆきな


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第六話:規律の赤い追跡者

 闇オークション会場から離れた、廃塔の屋上。

 夜風に煽られ、エリザベスの茶色のローブがはためく。

 逃げ切ったと思ったその時、彼女の背後に、音もなくその男は降り立った。


「……そこまでです、エリザベス様」


 アリオス・クレイドル。

 かつての近衛隊長であり、今は地位を剥奪された「追跡者」。

 彼はやつれ、泥にまみれていたが、その緑色の瞳には、レッドドラゴンの血脈特有の、痛々しいまでの「規律」の光が宿っていた。


「アリオス様……。さすがは『規律の赤』。あのクロード様の目を盗んで、よくここまで追いつけましたわね」


 エリザベスは振り返り、動じることなく微笑んだ。

 アリオスは剣の柄に手をかけたが、抜くことはできない。主君から『傷つけるな』と厳命されているからだ。


「お戻りください。クロード殿下は……もう、正常ではない。貴女が逃げれば逃げるほど、あの方は狂っていく。国のためにも、これ以上あの方を刺激しないでいただきたい」


 それは、彼の魂からの懇願だった。

 レッドドラゴンの本能は「王への絶対服従」を叫んでいる。だが、彼の理性は「このままでは王が国を食い潰す」と警鐘を鳴らしていた。  その矛盾が、忠実な騎士を内側から引き裂いている。


 エリザベスは、そんな彼の苦悩を、まるで極上のワインのように味わった。


「戻れば、解決するとでも? ……貴方は本当に、何も知らないのね」


「……何の話ですか」


「これをご覧なさい」


 エリザベスは懐から、先ほど一万五千ゴールドで落札した古びた書物を放り投げた。

 アリオスは反射的にそれを受け止める。

 『白き竜の鎮魂と、黒き竜への供儀について』――王家の紋章が入ったその表紙を見て、彼は息を呑んだ。


「それは……王家秘蔵の……」


「中を読みなさい。貴方が守ろうとしている『国』が、私のことをどう呼んでいるか」


 アリオスは震える手でページをめくる。

 そこに記されていたのは、おぞましい真実。

 ブラックドラゴンの魔力制御のために、ホワイトドラゴンの心臓を生きたまま抉り出し、炉にくべる手順。  そして、『次期生贄候補:エリザベス・ローゼンシュタイン』という記述。


「な……ッ!?」


 書物が、カタリと手から滑り落ちた。


「嘘だ……。父王陛下も、アダルベール殿下も、こんなことを……」


「嘘ではないわ。だからこそ、王家の執行人たちは私を『殺し』に来たのよ。心臓さえあればいいから」


 エリザベスは、動揺するアリオスへ、ゆっくりと歩み寄る。

 蛇が、動けなくなった蛙に近づくように。


「アリオス様。貴方は言ったわね。『国のために戻れ』と。……でも、私が戻ればどうなるかしら?」


 彼女はアリオスの耳元で、甘い毒を囁く。


「私は王家によって処刑され、炉にくべられる。……それを知った時、あの『所有欲の化身』であるクロード様は、どうなさると思う?」


 アリオスの脳裏に、最悪のビジョンが浮かぶ。

 愛する玩具を壊された怪物の激昂。

 制御を失ったブラックドラゴンの業火が、父王を、アダルベールを、そして国そのものを焼き尽くす光景。


「……国が、終わる」


「そうよ。私が大人しく捕まれば、国は滅ぶの」


 これは詭弁だ。

 エリザベスは、自分が逃げても国が滅ぶ、クロードが滅ぼすように仕向けるつもりだ。

 だが、混乱の極みにあるアリオスに、その嘘を見抜く余裕はない。


「この物語を終わらせる方法は一つだけ。……彼を、最後まで走らせることよ」


 エリザベスは、アリオスの胸に手を当てた。


「私を逃がしなさい。クロード様の目が私に向いている限り、彼は国を焼かない。……私を守ることが、貴方の守りたい『国』を守ることになるのよ」


 究極の選択。

 主君の命「連れ戻せ」に従えば、国が滅ぶ。

 主君を裏切れば、「逃がせば」、国は一時的に守られる。


 規律を重んじるレッドドラゴンにとって、それは身を引き裂かれるような「最大の裏切り」だった。  だが、だからこそ――彼は選んでしまう。

 彼は優秀すぎた。優秀な騎士だからこそ、「個人の忠誠」よりも「国家の存続」を優先してしまうという、悲劇的な決断を下す。


「……ッ」


 アリオスは苦悶の表情で天を仰ぎ、やがてガクリと膝をついた。


「……私は、騎士失格だ」


「いいえ。貴方は最高の騎士よ」


 エリザベスは、跪く騎士の頭を優しく撫でた。

 それは慈愛などではない。手に入れた新しい「手駒」への、所有の確認だった。


「行きましょう、アリオス様。……私を『最期の場所』まで護衛してちょうだい」


「……御意」


 アリオスは立ち上がり、エリザベスに背を向けた。

 その背中は、主君を裏切った罪悪感と、それでも世界を守ろうとする悲壮な決意で、小さく震えていた。


 エリザベスは、その背中を見ながら、音もなく口角を吊り上げた。


(ありがとう、アリオス様。貴方のその『正義』が、クロード様を煽る最高の燃料になるわ)


 こうして、レッドドラゴンの騎士は堕ちた。

 悪女の掌の上で、世界を滅ぼす片棒を担がされているとも知らずに。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


【明日、朝7時から新作スタート!】

明日2/10(火)の朝7時より、新作『「君を愛してる」と脅されても、もうすぐエンディングなので全力で応援します! ~悪役令嬢ですが、ヒロインと婚約者様が結ばれるのを待ってるんですが?~』の連載を開始いたします。

【URLはこちら】

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/3014516/


本作でも「逃がさない、手放さない」重厚な愛をたっぷり詰め込みました。


明日の朝、皆様と新しい物語でお会いできるのを楽しみにしています!

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