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【完結】悪女の婚約者様は、私を捨てた。それなのに、世界を道連れにしてでも、私を手放さない。  作者: ましろゆきな


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第十一話:愚者の大号令と、悪女の嘲笑

 数日後。王都ヴォルケンの正門前。

 旅装姿のエリザベスとアリオスは、その光景を見て足を止めた。


「……なんですか、これは」


 アリオスが絶句する。

 普段は人々の往来で賑わう正門前広場が、完全武装した国軍によって埋め尽くされていたからだ。  煌めく槍の穂先、重厚な盾の壁、そして風にはためく王家の紋章旗。

 その数は数千。たった一人の公爵令嬢を捕縛するために動員されたとは到底思えない、戦争規模の布陣だった。


「あら、素敵な歓迎式典ですこと」


 エリザベスはフードを外し、隠していた銀髪を晒した。

 恐れなど微塵もない。むしろ、その銀の瞳は、獲物がかかった罠を確認する猟師のように冷たく輝いていた。


「見つけたぞ! 国賊、エリザベス・ローゼンシュタイン!」


 城壁の上から、勝ち誇った声が響き渡る。

 豪奢な鎧に身を包んだアダルベール第二王子が、眼下の二人を見下ろしていた。


「そしてアリオス! 王太子の腹心でありながら、悪女にたぶらかされ、死を偽装して逃亡を助けるとは! 貴様も同罪だ!」


「アダルベール殿下……! おやめください、これは軍を動かすような事態ではありません! 彼女は……」


 アリオスが叫ぶが、アダルベールは聞く耳を持たない。


「黙れ裏切り者! 貴様には分からぬだろう。その女は、我が国の安寧を脅かす『毒』なのだ!」


 アダルベールは、背後に控える兵士たち、そして王都の民衆に向かって、演説するように腕を広げた。


「皆の者、聞け! 兄上……クロード王太子は、この女のせいで正気を失った! 生贄(いしずえ)を捧げるべき神聖な儀式を放棄し、国を危機に晒している!」


 ざわめきが広がる。

 アダルベールは、ここぞとばかりに「正義」を振りかざした。


「国を守るためには、この毒婦を排除するしかない! 彼女の心臓を『炉』にくべれば、兄上の暴走は止まり、ヴォルケンは永遠に繁栄するのだ!」


 「心臓をくべろ」。

 その残酷な言葉が、数千の兵士たちの間で「正義の合言葉」として唱和され始める。

 個人の尊厳などない。ただの部品として死ねと、国中が叫んでいる。


(……聞こえたかしら、アリオス様?)


 エリザベスは隣で剣を握りしめ、震えているアリオスを一瞥した。


「これが貴方の守りたかった国の姿よ。一人の娘を寄ってたかって殺し、それを『正義』と呼ぶ……なんて醜悪で、燃やし甲斐のある国なのかしら」


「……殿下は、間違っている」


 アリオスは、血が滲むほど唇を噛み締め、抜剣した。

 その切っ先は、主君の弟であるアダルベールに向けられた。


「私は……騎士として、この理不尽な殺戮を見過ごすわけにはいかない!」


「ハッ! たった一騎で数千の軍勢に勝てるとでも? 愚か者め!」


 アダルベールが手を振り下ろす。


「やれ! エリザベスを捕らえろ! 抵抗するなら殺して構わん! 心臓さえ残れば、あとは肉塊でも問題ない!!」


 ――オオオオオッ!!


 地響きと共に、数千の兵士が殺到する。

 槍の波が、無防備なエリザベスを飲み込もうと迫る。


 死は目前。

 だが、エリザベスは動かない。

 彼女は兵士の波を見据えたまま、愛おしげに空を見上げた。


(聞こえたでしょう? 私の怪物さん)


 ――『殺して構わん』。

 ――『心臓さえあればいい』。


(彼らは私を壊そうとしているわ。貴方の『所有物』に傷をつけようとしているわ。……ねえ、約束通り、証明してくださる?)


 エリザベスが、音のない声でその名を呼んだ、その瞬間。


 ズガアアアアアアアンッ!!


 天から漆黒の雷が落ちた。

 エリザベスたちの目の前に迫っていた最前列の兵士たちが、悲鳴を上げる間もなく消し飛び、巨大なクレーターが穿たれる。


「な、なんだ……!?」


 アダルベールの高笑いが凍りつく。

 舞い上がる砂煙の中、エリザベスの前に、その影は悠然と降り立った。

 世界を敵に回しても、彼女一人を守ると決めた、最強の怪物が。


 砂煙が晴れると、そこには絶対的な死の気配を纏ったクロードが佇んでいた。

 彼を中心に、空間そのものが歪んで見えるほどの濃密な魔力が渦巻いている。


「あ……あ、兄、上……?」


 城壁の上で、アダルベールは腰を抜かしていた。

 数千の兵がいる。堅牢な城壁がある。だというのに、たった一人の兄に見上げられただけで、魂が震えて止まらない。


「誰の許可を得て、俺のものに手を出す?」


 クロードの声は低く、戦場全体に響き渡った。


「アダルベール、貴様ごときが我が所有物(こんやくしゃ)を殺すというのか? 履き違えるのも大概にしろ」


 怒りに細められた黄金色の瞳がアダルベールを射抜く。

 その視線の圧だけで心臓が止まりそうだった。正しく、竜に睨まれた蛙のようだった。


「ひ、ひぃ……ッ! ち、違う、兄上! これは国のためだ!」


 アダルベールは裏返った声で叫んだ。恐怖を振り払うように、必死で「正義」に縋り付く。


「兄上が『生贄』を拒むから! エリザベスを殺して炉にくべなければ、兄上の魔力が暴走して国が滅ぶ! だから私が代わりに……!」


「――『暴走して国が滅ぶ』、か」


 クロードは、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「相変わらず、凡俗の思考だな。……俺は言ったはずだ。『生贄など不要だ』と」


 彼は一歩、踏み出す。

 兵士たちが恐怖のあまり、武器を取り落として道を空ける。


「だが、お前たちは信じなかった。俺の言葉よりも、古臭い伝承と己の恐怖を優先し、俺の女を殺そうとした」


 クロードの全身から、漆黒の炎が揺らめき立つ。

 それは、ただの火ではない。万物を無に帰す、ブラックドラゴンの破壊の権能。


「エリザベスはこの国の『システム』に殺されることを恐れ、逃げた。……ならば話は簡単だ」


 クロードは、城壁の上の弟と、その背後にある王都を見据え、冷酷に告げた。


「そんな国なら、俺が今ここで消してやる」


「は……?」


「俺が理性を手放せば国が滅ぶと言ったな? ……いいだろう。望み通り、暴走あばれてやる。だがそれは制御不能の事故ではない。俺の意志による『粛清』だ」


 クロードが右手を天に掲げる。

 空が、瞬時にして暗黒に染まった。

 太陽が消え、赤い不吉な雷光が雲間を走る。


「消え失せろ。俺とエリザベスの愛を邪魔する、脆弱な鳥籠(くに)よ」


 ズゥゥゥゥン……!!


 天から降り注いだのは、雨ではなく「黒い炎の雨」だった。

 城壁が飴細工のように溶解し、兵士たちの悲鳴が上がる。

 アダルベールは逃げようとしたが、足が動かない。


「ああ、あ、あぁぁぁぁ……ッ!!」


 迫りくる黒い炎を見ながら、彼は最期に悟った。

 自分は「暴走する竜」を止めようとしたのではない。「眠れる竜」をわざわざ叩き起こし、自分の家に火を放ったのだと。


 轟音と共に、王城の一部が崩落する。

 だが、クロードの魔力操作は完璧だった。

 彼の背後にいるエリザベスとアリオスの周囲だけは、無傷の聖域のように静まり返っている。


 その光景を見て、エリザベスは口元を歪めた。


「……ふふ。本当に、やってしまったわ」


 彼女の目の前で、故郷が、追っ手が、彼女を縛り付けていた鎖が、物理的に燃え尽きていく。

 それはあまりにも残酷で、あまりにも美しい「愛の証明」だった。

最後までお読み頂きありがとうございます!


明日2/15 21:00に最終回を更新します。

物語の最後まで見届けて頂けたら嬉しいです。


2/13より、新連載開始しています。

異世界に聖女として召喚されたヒロイン・ステラの活躍を楽しんで頂けたら嬉しいです!


・夜22時40分(2/14より変更します):

「聖女」として召喚されましたが、私は世界の「鍵」らしいです。~完全無欠の美形たちが、それぞれの事情で私を逃がそうとしません~【マルチエンディング】

https://ncode.syosetu.com/n4323lm/

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