第十話:愚者たちの宴、あるいは燃える薪の準備
王都ヴォルケン、王城の軍議の間。
重苦しい沈黙が支配する中、アダルベール第二王子の高笑いだけが響き渡っていた。
「ハハハ! 見ろ、父上! 報告の通りだ! 兄上は完全に狂った!」
円卓の上には、黒焦げになった『執行人』の遺留品が投げ出されていた。
クロードが、王家の勅命を受けた暗部を焼き殺した動かぬ証拠だ。
玉座に沈み込むヴォルケン王は、顔面蒼白で震えている。
「あやつめ……王の影を焼くとは。王家への反逆ではないか……」
「その通りです! クロード兄上は、あの『悪女』エリザベスにたぶらかされ、正常な判断力を失った。王太子の責務である『生贄の確保』を放棄し、あろうことか国を守る兵に牙を剥いたのです!」
アダルベールは机を叩き、集まった将軍たちを見渡した。
彼の瞳には、歪んだ野心と、好機に酔いしれる熱が宿っていた。
(ついに、賽は投げられた!)
これまで、文武両道、魔力も剣技も最強の「ブラックドラゴンの申し子」である兄の陰で、アダルベールはずっと泥水をすすってきた。
誰も自分を見ない。誰も自分を認めない。
だが、今や兄は「愛に狂った愚か者」だ。
「諸君! ブラックドラゴンの魔力暴走は時間の問題だ! 兄上は『制御できる』と嘯いているが、生贄なしでそれが不可能なのは歴史が証明している!」
アダルベールは立ち上がり、熱弁を振るう。
「このままでは、兄上の暴走によって国が滅ぶ! 国を救う方法はただ一つ! 元凶であるエリザベスを捕らえ、速やかに『炉』にくべることだ!」
将軍たちがざわめく。
彼らにとっても、クロードの力は恐怖の対象だった。もし本当に暴走すれば、国は終わりだ。
「し、しかし殿下。クロード殿下を敵に回すなど……」
「恐れるな! 兄上は所詮、個の武力! こちらには『王家の威信』と『国軍』がある!」
アダルベールは、父王の前に跪き、恭しく言上した。
「父上。兄上の乱心を止めるため、私に全軍の指揮権をお預けください。私が必ずやエリザベスを捕らえ、国の礎としてみせましょう。……そして、王太子の座を退いた兄上に代わり、私がこの国を安寧へと導きます」
王は、縋るような目で次男を見た。
恐怖に思考を塗りつぶされた老王にとって、自信満々のアダルベールは救世主に見えたのだ。
「……許す。アダルベールよ、国を……ヴォルケンを守れ」
「ははッ!!」
アダルベールは顔を上げ、勝利を確信した笑みを浮かべた。
勘違いも甚だしい。
彼は信じていたのだ。「数」と「権威」があれば、「個の暴力」を制圧できると。
自分が兄に勝てなかったのは「機会」がなかったからであり、今こそ正義の御旗のもと、兄を超えられると。
「全軍に通達せよ! 反逆者エリザベス・ローゼンシュタインを捕縛せよ! 抵抗すれば殺しても構わん、心臓さえあればいい!」
アダルベールは剣を抜き放ち、高らかに叫んだ。
「そして、その遂行を妨げる者は、例え王太子であろうと『国賊』とみなす! 我らが正義の刃で、狂った竜を断罪するのだ!」
――オオオオオッ!!
軍議の間に、兵士たちの鬨の声が上がる。
それは勇ましい出陣の合図ではない。
彼ら自身を焼き尽くすための、巨大な「焚火」の準備が整った合図だった。
アダルベールは知らない。
彼が今、全力で煽り立てたその火種が、兄という怪物を本気で怒らせ、国ごと灰にする引き金になることを。




