星空の声
沈黙は、苦痛ではなかった。 ただ、二つの呼吸の音と、時折聞こえる、アオイが鼻をすする小さな音だけが、空間に存在していた。
隣に座るカレンは、何も聞いてこない。何も言わない。 そのことが、アオイの強張った心を、ほんの少しだけ、解きほぐしていた。
しばらくして、カレンが静かに動いた気配がした。 彼女は自分のショルダーバッグにゆっくりと手を入れると、中から何かを取り出した。
アオイの視界の端に、白い布が、そっと差し出される。 四角く折り畳まれた、清潔なハンカチだった。
「…………」
アオイは、言葉を発することができない。 ただ、目の前に差し出されたそれを見つめるだけだった。
ハンカチからは、アイロンのかかった、清潔な布の匂いが微かにした。 それは、柔軟剤の強い香りとは違う、太陽の光を吸い込んだような、どこか懐かしい匂いだった。
どれくらい、そうしていただろうか。 アオイがハンカチを受け取れずにいると、隣から、カレンの静かな声が、そっと鼓膜を揺した。
「ただの、ほほえみだよ」
それは、命令でも、同情でも、励ましでもなかった。 夜空に響くような、どこまでも澄んだ声だった。
「…涙をふいて。もう一度だけ、ただ、笑ってみて」
アオイは、はっとしたようにカレンの顔を見る。 カレンは、夜景からアオイへと視線を移していた。その瞳には、彼女自身の声と同じような、静かな光が宿っていた。
けれど、その奥に、ほんの一瞬だけ。 何かを懐かしむような、痛みを深く理解する者だけが浮かべることのできる、微かな憂いと優しさが、確かに宿っているのをアオイは見た。




