表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微笑みは青いガラスの向こうに  作者: 伝福 翠人
鍵のかかった心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

夜と、窓と、涙

ようやく、今日の分の修正作業が終わる。 ファイルを保存し、アプリケーションを閉じる。 カタ、という最後のクリック音が、一日の終わりを告げた。


途端に、自分を守ってくれていた「仕事」という名の薄い膜が、はらりと剥がれ落ちる。 むき出しになった心が、急に心細さに震え始めた。


アオイは、まるで何かに引き寄せられるように、ゆっくりと椅子から立ち上がった。 向かう先は、あの大きなガラス窓だ。


一歩、また一歩と、床を滑るようにして窓際に近づく。 目の前に広がる、巨大な夜景。 遠くの赤い航空障害灯が、ゆっくりと点滅を繰り返している。 まるで、この巨大な都市の、か細い脈拍のようだ。


そっと、指先でガラスに触れる。 ひやり、とした夜の冷気が、指から腕へと伝ってきた。 生き物の温度ではない、絶対的な無機質の冷たさ。


ガラスの表面には、無数の光の点が映り込んでいる。 そして、その光の海の中に、ぼんやりと佇む人影があった。


自分だ。


見つめていると、不意に、ガラスの中の自分の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。 夜景の光が、滲んで揺れる。


おかしいな、と思った時にはもう、遅かった。 頬を、熱い雫が伝っていく。 今までずっと堪えていたものが、堰を切ったように、次から次へと溢れ出してくる。


ガラスに映っていたのは、都会の夜景と、それに重なるようにして、涙で歪んだ自分の顔だった。


鏡のように、夜景を映し込む青いガラス。 そのガラスに映る「泣き顔の自分」から、アオイは目が離せなかった。


情けなく歪んだ口元、赤く腫れた目、次から次へと流れ落ちる涙。 それは、見たくもない、本当の自分の姿だった。


心の奥底から、嗚咽がこみ上げてくる。 必死に唇を噛んで堪えようとしても、漏れ出してくる声を止めることはできない。


私の声は、どこにも届かない。


誰にも。何にも。 この広い世界の、誰一人として、私の声を聞いてくれる人はいない。 心の中で叫んでも、喉を震わせて言葉にしても、それは厚いガラスに阻まれて、誰にも届くことなく消えていく。


絶望が、冷たい水のように、足元からゆっくりと体を満たしていく。 息ができない。指先一本、動かせない。


アオイは、ただガラスに映る自分を見つめながら、静かに、深く、沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ