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微笑みは青いガラスの向こうに  作者: 伝福 翠人
鍵のかかった心

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3/9

自己嫌悪の残響

最終退出者のカードキーが認証される電子音が、遠くで響いた。 オフィスにはもう、アオイ一人しかいない。 静寂が、蛍光灯のわずかな唸りを耳元まで運んでくる。


アオイは、止まったままの指先で、無意識にマウスのホイールを回転させていた。 意味のないスクロールを繰り返す画面の上で、彼女の思考だけが、数時間前の会議室に囚われている。


巻き戻される、記憶のフィルム。


――では、アオイさんから、B案のコンセプトについて補足をお願いします。


上司に促され、立ち上がった自分。 喉が急に乾いて、最初の言葉がうまく出てこなかった。 頭の中にあったはずの、熱意のこもった言葉たちは、いざ口にしようとすると、形を失ってただの音の羅列になる。


「ええと…これは、その…ターゲット層のインサイトをですね…」


自分で話しながら、核心からずれていくのが分かる。 焦れば焦るほど、声は上ずり、手元の資料に視線が落ちる。


そして、一番思い出したくない光景がやってくる。 クライアントの、あの表情。


ほんの一瞬、興味を失ったのが分かった。 視線がわずかに泳ぎ、組んでいた足の位置を、退屈そうに組み替えた。 ただそれだけ。 けれど、アオイにとっては、ナイフで突き刺されたのと同じだった。


まただ。また、うまくできなかった。 どうして、あの場で、もっとちゃんと伝えられなかったんだろう。 ああ言えばよかった。いや、そもそも、あの説明の前に、これを言うべきだったんだ。


ぐるぐる、ぐるぐる、と同じ場所を思考が回る。 まるで壊れた再生装置のように、自分の失敗した姿ばかりを、何度も、何度も、頭の中で再生していた。


思考の渦から抜け出そうと、アオイは顔を上げた。 静まり返ったオフィス。聞こえるのは、デスクトップPCの冷却ファンが発する、低く単調なハミング音だけ。


ふう、と、自分でも気づかないうちに、深い溜め息が漏れた。 その音だけが、やけに大きく室内に響いて、すぐに静寂に吸い込まれていく。


窓の外では、無数の車のヘッドライトが川のように流れ、ビルの窓明かりが宝石のように瞬いている。 音のない喧騒。 あの光の一つ一つの下には、誰かの笑い声や話し声があるのだろう。


その想像が、アオイがいるこの室内の、絶対的な静けさと孤独を、より一層際立たせていた。


世界に、たった一人だけ取り残されてしまったような感覚。 アオイは、その途方もない孤独感から逃れるように、再びモニターの光へと視線を戻した。

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