表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微笑みは青いガラスの向こうに  作者: 伝福 翠人
蒼い人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

過去の決意

ヘッドフォンの遮音性能は完璧ではなかった。 くぐもった音の向こうから、後方のデスクで始まった同僚たちの談笑が、微かに漏れ聞こえてくる。 新しいカフェの話、週末の予定、そして、今進めているプロジェクトの話。


アオイは意識を自分のモニターだけに集中させようとした。 聞こえない、聞こえない。


「…ていうか、この案、ちょっと分かりにくくない?」


不意に耳に届いたその言葉に、アオイの指が、ぴたりと止まった。 悪意のない、何気ない一言。特定の誰かを指したわけではない、ただの感想。


分っている。頭では、分っているのに。


――君の言いたいことは、よく分からないな。


脳裏に、冷たい声が蘇る。 大学時代の教授の、心底興味がなさそうな目。 クライアントの、嘲笑を隠そうともしない唇の歪み。 自分が信じたものを、大切に差し出したものを、心ない一言で踏みにじられた記憶。


キーボードの上に置かれた指が、氷のように冷えていく。 さっきまで慣れ親しんでいたはずのモニターの光が、今はまるで尋問室のライトのように、白々しくアオイの顔を照らしていた。


はっとして、アオイは現実に戻る。 同僚たちの談笑は、もう別の話題に移っていた。誰もアオイのことなど気にも留めていない。


そうだ、これが現実。 期待するから、傷つくんだ。分かってほしいと願うから、絶望するんだ。


もう、やめよう。


心の中で、重い鉄の扉をゆっくりと閉める。 分厚い閂を差し込み、古びた錠前を下ろすイメージ。


カチャン。


冷たい金属音が、がらんどうになった胸の中に響き渡った。 その音の感触だけが、妙にリアルだった。 もう誰も、ここには入れない。


アオイは小さく息を吐くと、凍っていた指を、再び動かし始めた。 まるで、何もなかったかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ