日常の風景
青みがかった大きなガラス窓が、オフィスの一面を切り取っていた。 そこから差し込む午後の光は感情を失くしたように白く、アオイのデスクに無機質な四角形を描き出している。 窓の向こうで、高層ビル群が現実感のない模型のように静まり返っているのも、きっとあのガラス一枚を隔てていたからだろう。
聞こえるのは、規則正しく響くキーボードの打鍵音だけ。 数人の同僚たちの指先から生まれるその音は、まるで意思を持たない雨だれのようだ。
会話はない。
時折、誰かが資料を手に立ち上がり、乾いたビジネス用の笑顔で短い言葉を交わす。 けれど、それはすぐに途切れ、誰もが再び自分のモニターの中の静かな世界へと戻っていく。
アオイは、その世界の住人ではなかった。 あるいは、住人であることを、自ら放棄していた。
彼女は、まるで儀式のように、両手でそっとヘッドフォンを持ち上げた。 世界から自分を切り離すための、最後の壁。
イヤーカップが耳を覆う瞬間、遠ざかっていくタイピング音に、アオイは微かな安堵を覚えた。
自分だけの、音のガラス。 これでいい。 誰の声も、評価も、期待も、この壁を通り抜けてくることはない。
ガラスの内側は、安全だ。
アオイは自分に言い聞かせると、再びモニターに視線を落とし、ゆっくりと指を動かし始めた。
アオイの斜め向かいの席。 カレンの指先もまた、キーボードの上を滑らかに動いていた。画面に並ぶデザイン案を修正するその目は真剣そのものだ。 しかし、彼女の意識の数パーセントは、常にアオイのいる方向へと向けられていた。
ふと、カレンの指が止まる。
視線をモニターから外さないまま、その瞳だけが、アオイの方へと慎重に送られる。 アオイがヘッドフォンを装着する、その一連の仕草を見届けるための一瞬の視線。 誰にも、そして何よりアオイ本人に気づかれないように。
カレンの眉間に、ほんのわずかな皺が刻まれる。 それはすぐに消えて、彼女はまた自分の仕事に戻った。 けれど、その一瞬の曇りが、声には出さない彼女の気遣いを静かに物語っていた。




