第9話 夜の羅刹様
夜、私は用意された部屋の布団の中で横になっていた。
私は、来る時に着ていた着物と、パジャマ。
あとは、ものすごくお気に入りの本二冊と、筋トレの時に必ず着用していたジャージしか荷物がなかった。
布一枚でも寝られるからこんな立派な布団はいらないと伝えたけれど、羅刹様が絶対に譲らなかった。
だから、今はすごく温かい布団の中で寝られる。
寝られるけれど、寝られない。
だって、だって……。
「羅刹様、今、夜のお姿なんですよねぇ……」
見たい、ものすごく見たい。
けれど、しっかり寝ないと明日、寝坊してしまう。
でも、見たい。
あの、月明りに照らされた羅刹様の神々しいお姿を、この目でもう一度、見たい!
「…………す、少し、なら…………」
布団から出て、襖を開ける。
廊下はひんやりとしているから少し肌寒い。
よし、周りを見ても、誰もいないみたい。
暗闇は少し怖いけれど、大丈夫。
私は、見たい。ものすごく、見たいの。
羅刹様の、夜のお姿!
ひんやりする廊下に足をつけて、玄関に進む。
なぜ、羅刹様の部屋に行かないのか。
それはなんとなく、外にいるような気がするから。
廊下を歩き、外に出ると――――わぁ。
すごく、綺麗な夜桜だ。
屋敷は、桜の木に囲まれているから出た瞬間、桜が風に乗り舞い上がる。
大きな満月が桜の木を照らし、薄紅色に輝かせていた。
上を見ると、星空が広がっている。
キラキラと、まるで手を伸ばせば届く距離にあるように感じてしまう。
手を上に伸ばしても到底届きやしないけれど、それでもつい伸ばしてしまう。
「…………そう言えば、羅刹様はどこに……」
周りを見ても、羅刹様の姿はない。
森の外まで行ってしまったのだろうか。
残念だけど仕方がない。
このまま戻って、布団に入ろう。
振り向いて屋敷に戻ろうとすると、声をかけられた。
「こんな所で何をしている」
「っ、え?」
振り向くと、夜の姿をしている羅刹様が夜桜を背景に立っていた。
足元まで長い銀髪、黒のメッシュ。
額には日本の角、左右非対称の鋭い瞳が私を見下ろす。
「あ、あの…………」
「どうした。昼間はあんなに話していただろう。なぜ、黙る」
「や、やはり、夜と昼では、雰囲気が、違いますね」
雰囲気だけでは無いけど……。
夜の羅刹様は、神々しいような空気を背負っているから眩しすぎる。
「まぁな。今は力が増幅しているから、体は軽い。頭もすっきりしているから、それも影響しているのかもな」
「えっ、そうなんですか?」
やっぱり、見た目以外にもなにか違いがあるんだ。
絶対に、それだけでここまで性格も口調も雰囲気も変わる訳ないけど。
「あぁ、体が軽い。それに、だるくもない」
「え、昼間の時ってだるさがあるんですか?」
「今の我からしたらな。だが、昼間の我は感じておらん」
「え、えぇっと?」
ど、どういうこと?
夜の羅刹様は昼の羅刹様の身体の重さは感じているけど、昼の羅刹様は夜の羅刹様の軽さを知らないってこと?
「我は、今の状態が当たり前。昼間の我は、昼間の時の感覚が当たり前なのだ。だから、重たいと感じる訳もない。我の今感じている軽さも、昼はわかっておらん」
「そ、そうなんですね……。あ、あの、質問してもいいですか?」
おずおずと手を上げると、視線を私に向けた。
「なんだ」
「今の羅刹様は、昼間の時の記憶があるそうですが、入れ替わっている時の意識は、どうなっているのですか?」
今までの話を聞いていると、夜の羅刹様は昼間の羅刹様を知っている。
昼間の羅刹様も、夜の羅刹様を知っている。
お互いを知っている。
つまり、入れ替わっている時、意識はあるはず。
なら、昼間の羅刹様も、夜の羅刹様の状態を把握しているはずなんじゃないかな。
「入れ替わっている時は、夢を見ている状態と似ている。昼間の我は、五感を感じず、映像として我を見ているだけだ。だが、今の我はそれだけだと時間を持て余す。だから、少々昼間の我が感じていることに意識を集中しておるのだ」
「い、意識だけで感じられるのですか?」
「我だからな」
「な、なるほど」
そこは、あまり聞かない方がいいのかもしれない。
ひとまず、夜の羅刹様の方が力が増幅されているから、出来ることも多いと考えよう。
「…………寝なくて平気か?」
「あ、ね、寝ます。寝たいの、ですが……」
も、もう少し、もう少しだけ、羅刹様を拝んでいたい。
この、逆光に照らされる羅刹様を、もっと拝みたい。
じっと見ていると、羅刹様が首を傾げた。
「どうした」
「い、いえ、もう少しだけ、羅刹様を拝みたいなと思いまして……」
「拝みたい……?」
あぁ、目を丸くして首を傾げないでください!!
可愛い、かっこいい、美しい。
「よくわからんが、人間は夜寝ないと体に悪いと聞く。早く寝ろ」
「あっ、待ってください!」
すぐに振り向き、離れようとする羅刹様の袖を掴み止める。
怪訝そうな表情で肩越しに私を見た。
「え、えぇっと、その、お、おやすみ、なさい……」
反射的に袖を掴み止めてしまっただけで、何か用事があったわけではない。
挨拶だけをして、私も手を離す。
屋敷に戻ろうとすると――……
「あぁ、良い夢見ろ。おやすみ」
目を離してしまったためもう一回振り向くと、もう羅刹様はいなくなっていた。
「し、しまった。早く戻らないといけないと思ったのが仇となってしまった」
顔を見ながら挨拶してほしかったよぉぉぉおお!!
気にしていても仕方がないし、屋敷に戻ろう。
うぅ、悲しい。明日は顔を見ながら挨拶できるだろうか。
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