第3話 イケメン
中に入ると、ほっとする。
襖に背中を付け、その場にペタンと座り込んでしまった。
「…………はぁぁぁぁぁ。本当に、なんなんだろう、私の両親って……」
嫌になる。私の親みたいな人達を、毒親って呼ぶんだろうなぁ。
これも、本で読んだことがある。
「…………」
何もやることないし、何回も読んだけど、また本でも読もうかな。
ボロボロの布の近くには、妹が買ってくれた本が積み上がっている。
本当は、まだまだほしい本が沢山ある。けど、私にお小遣いなんていうものはない。
水奈にお願いするのも気が引けるし、我慢するしかない。
シリーズ化されている本だけは、欲しいけどなぁ~。
一冊の本に手を伸ばすと、襖の方から気配を感じた。
「────姉さん」
あ、この声、水奈だぁぁぁぁぁああああ!!
「入っていいわよ!!」
「声は抑えてほしいなぁ」
襖を開けて顔を覗かせた水奈の表情が、少し硬い。
森で話した時より緊張してる?
「水奈、どうしたの? 疲れちゃった?」
心配で声をかけると、水奈が私の前に座り、視線を落としながら口を開いた。
「水喜お姉さん。一つ、お願いしたいことがあります」
「どうしたの?」
「縁談が、あります。水喜お姉さんに。行きませんか?」
…………え? な、なんで、私?
「な、何を言っているの? その方は、水奈に縁談を送ったのでしょう?」
「いえ、私にではないです」
「どういうこと?」
今まで、私には一通も来たことがない。
それどころか、長女がいることすら知れ渡っていないんじゃないかしら。
それなのに縁談……。
疑ってしまうのも無理はないと思う。
「先ほど、女中が一つの封筒を持ってきたのです。中を確認すると、縁談の申し出。私への縁談かと思いきや、お相手は水喜お姉さんのお名前だったのです」
「…………なぜ、両親ではなく、水奈が私のところに来たの? 面会すら許されていないじゃない」
「父も母も、その……」
まぁ、予想は出来る。
なかったことにしようとしたのだろう。
私を世間に出してはいけない、恥さらしだから。
「…………わかったわ。でも、ごめんね、水奈。わざわざ両親の目をかい潜って来てくれたと思うのだけれど、私はその縁談は受けません」
「え、な、なんでですか!?」
綺麗な茶色い瞳が、今にもこぼれ落ちそうなほどに大きく見開かれる。
体を乗り出し、顔を近づけて来る。
か、顔が近い。そこまで驚くのかしら。
「な、なんでって……。母も父も縁談をなかったことにしようとしたのでしょう?」
「そ、それは……」
「予想できるわ」
再度、姿勢を直した水奈は顔を下げ、膝に置いている拳を震わせた。
どうしたの?
「…………受けてください」
「え、水奈?」
「水喜お姉さんは、絶対に今回の縁談を受けてください!! お願いします!!」
え、な、なに?
なんで、土下座をしているの? そ、そこまで?
「ど、どうしたの水奈。待って、お願い、顔を上げて? どうしてそんなに言うの?」
顔を上げさせようと肩を押すけど、上げてくれないし何も言わない。
土下座を続け、「お願いします」と言い続ける。
ここまでお願いしてくるなんて、どうして?
理由がわからない。そもそも、縁談相手って……?
「……お相手は、誰かしら」
「受けてくださるのですか?」
「愛しの妹にそんなお願いされたのだから、情報だけでも聞こうかなって。そこから行くか行かないか決めようと思うの」
言うと、少し悲しそうにはしているものの、安心したように安堵の息を漏らした。
「お相手は、人間ではありません」
「もしかして、あやかし?」
「…………鬼、です」
「なっ……!」
お、鬼?
鬼って、確か日本三大妖怪の一体。
強い腕力と妖力を持ち、人間を襲う。危険な、あやかし。
まさか、そんな鬼から、縁談? 馬鹿な。
しかも、私は人間。人間と、鬼?
ありえない。絶対に私を餌にしようとしているに間違いない。
でも、水奈がここまでお願いしている。
状況が、理解出来ない。
『失礼するわよ』
返事していないにもかかわらず、襖がすぐに開いた。
母が部屋に入ってきた時は、私が水奈に触れようと手を伸ばしている瞬間だった。
その瞬間に入ってきたことで、母が憤怒の表情を浮かべ私の右手を捻りあげた。
「いっ!!」
「そんな汚い手で水奈に触ろうとするな!! この疫病神が!!!」
疫病神!? なんで、そんなことまで言われないといけないの。
私はただ、妹に触れようとしただけ。それなのに、なんで……。
手が、捻りあげられる。
捻り……正直、へたくそ。
少しは痛いけど、我慢できない程ではない。
簡単にやり返せる。けど、ここは痛がっている風に見せないと後がうるさい。
顔を歪ませ、痛がる。
すると、妹がおずおずと母に声をかけた。
「お、お母様。あの、何かご用事が?」
「あら、そうだったわ。水奈、貴方はなぜ何度も言っているのにこんなゴミ部屋に来るの? 疫病神が貴方に移ってしまったらどうするのよ。このあと、しっかりと言いつけますからね」
「は、はい…………」
水奈が声をかけてくれたおかげで、私から手を離した。
私の手首には、くっきりとつかまれた跡が残る。
「ここはもういいから、早く部屋に戻りなさい」
「わ、わかりました」
立ち上がり、そのまま部屋を出る。
最後に、私を見たような気がした。願うような視線を、感じた。
不思議に思っていると、母が私を睨みつけ、封筒を叩きつけた。
「あんたに縁談が来ているわよ。名前は羅刹。鬼よ、行ってきなさい」
「…………ですが、母上。鬼は、人間を餌にしているのではありませんか? もしかしたら、その縁談は偽物で、本当は――……」
「はぁぁああ??」
っ、母上が私の前に座った。
刹那、パシンと、衝撃と共に乾いた音が部屋に響いた。
あぁ、頬をひっぱたかれたのか。
これも、今まで何度もされてきたから特に驚かない。
「私の言うことに口答えでもする気なのかしら。無能で、恩知らず。何も出来ないクズが、私に意見を? 笑わせないでくださりますぅ?」
「ぐっ!」
髪を、掴まれた。
流石にそれは痛い……。
「貴方は私の言うことを聞けばいいの。ちんたらしてないで早く準備をしなさい。今すぐに行くわよ!!」
今、すぐ?
相手の指定日時は? 予定は?
その封筒に、何が書かれているの?
「あ、そうそう。今回の鬼は、今まで何十人、何百人の人の血を吸ってきたらしいわよ? もしかしたら、貴方も鬼の食事にされるかもしれないわねぇ? まぁ、仕方がないわ。無能の貴方には、そのくらいの最後がお似合いよ」
駄目だ、ここにいたら私はおかしくなってしまうかもしれない。
でも、ここで演壇に行ってしまうと、個々には水奈一人が残される。
水奈がこんな両親の元に一人で残るなんて駄目だ。
「わかったらさっさと準備しなさい、このクズ」
言いながら私の髪を乱暴に離し、母は部屋から居なくなった。
「…………はぁ。どうしよう。水奈を一人残す残すは……」
いや、ここにずっといても、水奈を助けられるとは限らない。
それに、あの両親の目をかいくぐりながら救出何て絶対に無理だ。
それなら、鬼だろうとなんだろうと利用して、高浜家を潰した方がいいかもしれない。
鬼に、会わなければいい。
行く途中で逃げ出せれば問題はないはず。
私は、ここで死ぬわけにはいかないし、自由に動けるようになるしかない。
愛しの可愛い妹、水奈をこんな毒家族から離れさせないと。
幸せな生活が送れるようになるまで、私は死ぬわけにはいかない。
私が、守りたい。
「…………あ」
そういえば、叩きつけられた封筒の中身、見ていなかったな。
あーあ、叩きつけたことで中に入っていた写真がはみ出してしまっている。
叩かれた頬をさすりながら写真を拾い上げる。
そこに写っているのは、一人の男性だった。
「…………もしかして、この人が今回のお見合い相手? え、イケメン? 本当に、鬼? え、嘘でしょ? めっちゃ好みなんだけど」
写真には、私好みの男性が映っていた。
耳が隠れるくらいの銀髪に、黒いメッシュ。左右非対称の瞳。
へぇ、右が黒で左が赤なんだ。
「……………………よし」
逃げるのはナシだ。
私、この鬼に一度会う。
イケメンに会って、声を聴いて匂いを嗅いで、幸せを感じてから喰われよう――って、死んだら駄目なんだよ私!!! イケメンに負けるな!!
ここまで読んで下さりありがとうございます!
出来れば次回も読んでいただけると嬉しいです!
出来れば☆やブクマなどを頂けるとモチベにつながります。もし、少しでも面白いと思ってくださったらぜひ、御気軽にポチッとして頂けると嬉しいです!
よろしくお願いします(*・ω・)*_ _)ペコリ